ぼんやりした考え事が「記憶の形成」を促していた?
海馬は新しい情報を記憶したり、それを長期記憶に変換するなど、記憶や学習に欠かせない脳領域です。
こうした海馬で見られる脳活動は専門的に「リップル波(sharp wave ripple:SWR)」と呼ばれます。
リップル波は主に睡眠中に多く発生して、記憶の固定や想起に関わることが知られていました。
しかしながら、起きている間にリップル波がどのように発生し、どんな機能を持つかは解明されていません。
その一方で、海馬の働きは「マインドワンダリング」と関係することがしばしば指摘されています。
ただこれまでのところ、覚醒中のヒトの海馬の脳波からリップル波を検出し、考えている内容との関係性について検討した研究はありませんでした。
そこで研究チーム今回、てんかん治療のために海馬に直接電極を設置している10名の患者さんを対象に調査を行いました。
チームは約10日間という長期間にわたって各患者さんの頭蓋内脳波(頭部の外側からではなく、脳から直接計測した脳波のこと)を測定し、リップル波を検出しています。
その結果、リップル波の頻度はこれまで知られていたように夜間に増加したものの、日中の覚醒時にも変動を示すことが初めて特定されました。
さらにチームはマインドワンダリングを含む思考内容と海馬の活動の関係性を調べるため、患者さんに対してアンケート方式で思考や感情について回答してもらう調査を定期的に実施。
以下のような質問票を用いて、考えていたことや感じていたことを7段階で回答し、どのような思考内容にあったかを調べました。
そして得られた思考内容とリップル波を照らし合わせた結果、患者さんは特にマインドワンダリングの状態にあるときに海馬のリップル波が増加していることが判明したのです。
比較対象として、ウェアラブルデバイスを用いて記録した身体活動のデータとリップル波との関係性も調べてみましたが、生理的状態よりもワンダリング状態とリップル波との関係性の方が明らかに強いことが示されました。
以上の結果から、日常生活の中で散発的に発生する思考、つまりマインドワンダリングが記憶を形成する脳波の増加に関与していることが初めて明らかになったのです。
マインドワンダリングはこれまで、創造性や未来の計画を立てるのに役立つと言われることもありましたが、大方は集中力が阻害されている証だと思われがちでした。
実際、皆さんもぼうっとしているときに注意されたことが多々あるでしょう。
しかし実は、ぼんやり考え事をしているときにこそ記憶力が向上しているのかもしれません。
また研究主任の一人である岩田貴光(いわた・たかみつ)氏はこうコメントしています。
「記憶は人が生活する上で必要不可欠な機能です。それは過去の情報を蓄積し、その情報から未来を想像し、新たな社会を創造するための基盤となります。
私たちの研究では、長期間の海馬の脳波と思考内容の記録から記憶や創造性に関する脳活動についての発見をしました。
この研究結果が今後、てんかん、記憶障害、認知機能障害などで悩まれている患者さんのために役立つことを心から願っております」