遺伝子のロック解除(脱メチル化)で幹細胞が生まれる
なぜ幹細胞化を抑えているロック機能を外したのか?
それはロック機能を外すことで「正常でなくなってしまった脳」を救える可能性があったからです。
たとえば脳卒中や事故などで大量の脳細胞を失ってしまった人のロックを解除できれば、新たな脳細胞を獲得し、失われた機能を回復する手助けができるかもしれません。
具体的には、普通の星状細胞におけるメチル化パターン(ロックパターン)を幹細胞のそれに変更しました。
先に述べたようにメチル化は特定の遺伝子をロックし、細胞が特定の機能を持たないようにする過程ですが、ここではロックを解除(脱メチル化)することで、細胞が幹細胞として再プログラムされました。
(※変更にはCRISPR-Cas9ベースの技術が使われました)
すると驚いたことに、普通の星状細胞が再プログラムされ、幹細胞としての機能を持つようになったことが判明。
さらに再プログラムされた幹細胞は分裂を開始し、新しいニューロンの前駆体(ニューロンに成長する細胞)を生成することに成功しました。
また、この過程にはDNAメチル化を促進する「DNMT3」という酵素が重要な役割を果たしており、この酵素が欠けている変異体では、幹細胞への再プログラムがうまく進行しないことも確認されました。
しかし、人工的なパターン変更が自然界でも起きている現象であるかどうかは、まだ明確ではありません。
そこで研究者たちは、脳内の自然な回復プロセスを調べるために、マウスに脳虚血(血流不足)を引き起こす実験を行いました。
脳虚血では、血液供給が不足して脳細胞が酸素欠乏に陥り、一部のニューロンが死滅します。
以前の研究から、このような脳損傷が起きた場合、脳内で新しい神経細胞が生まれることが知られています。
脱メチル化によるロック解除の仕組みはこのプロセスでも起きていたのでしょうか?
調査にあたっては、生後2か月のマウスの脳動脈を22分間にわたり締めて虚血と細胞死を再現し、部分的なニューロンの死滅を引き起こしました。
そして2日後と21日後に脳室下帯からもともとは普通の星状細胞であったものを取り出し、ロックパターンが変化しているかを調べました。
(※事前に普通の星状細胞だとわかるように目印をつけておきました)
通常の星状細胞が幹細胞としてのロックパターンに移行していることが確認されました。
また、同様の変化が脳室下帯の外側でも見られ、神経前駆細胞の数も増加していました。
この結果は、脱メチル化の変化が脳内の自然な回復プロセスの一部である可能性を示しています。
もし、このようなメチル化のロック解除を誘導する薬剤を開発できれば、病気や事故で失われたニューロンを再生させる治療法として活用できるかもしれません。
生成された新しいニューロンは、失われた記憶や人格そのものを復元するわけではありませんが、残存するニューロンと接続することで、記憶や認知機能の回復を促進する可能性があります。
研究者たちは今後、ヒトにおける脳再生技術の応用を目指して研究を続けると述べています。
脳の再生は健康寿命の延長やアンチエイジングにおいても重要な課題です。
もしかしたら未来の病院ではアルツハイマー病患者や脳卒中患者、さらに最近物忘れが気になる人などに対して「脳細胞補充薬」が処方されるようになっているかもしれません。