脳内にも幹細胞が存在する
脳の再生医療が実現する世界へ
病気や事故で失われたニューロンが再生できるとすれば、脳損傷に苦しむ多くの患者たちにとって大きな希望となるでしょう。
これまでの常識では、脳卒中や外的要因によって脳細胞の一部が失われた場合、その部分は「回復不可能」と考えられていました。
死んだ脳細胞を再生させる方法はなく、新たな脳細胞が傷ついた場所に自然に現れることもありません。
(※ウーパールーパー(アホロートル)など、一部の動物は脳の半分が失われても再生することができます)
リハビリによって、ある程度症状を緩和することは可能ですが、これは死んだ脳細胞を復活させるのではなく、失われた脳回路を迂回するために代替回路を形成することが主な目的です。
しかし、新たな研究では、脳内の非幹細胞を幹細胞に再プログラムする方法が開発されました。
幹細胞はさまざまな種類の細胞を生み出す能力を持ち、実験では幹細胞を適切に刺激することで、ニューロンの前駆体となる細胞を新たに生成することに成功しました。
研究の背景:脳では「幹細胞らしくない細胞」が幹細胞として機能している
かつて、脳内で新たなニューロンが生成されることはないと考えられていました。
実際、20世紀に書かれた古い医学の教科書には、ニューロンは胎児期にすべて生成され、大人になってからは新たに生成されないと記されていました。
しかし、近年の研究によって、成人でも神経細胞の新生が起こっていることが明らかになってきました。
たとえば、「ロンドンのタクシー運転手の海馬が、他の人と比べて大きい」という研究があります。
この研究は単に海馬の体積を調査したものでしたが、後続の研究では、海馬の歯状回という領域で実際にニューロン新生が起きていることが確認されました。
また、脳の空洞部分である脳室下帯も、成人以降もニューロンを生成し続ける特殊な領域であることがわかっています。
特に、マウスの脳室下帯では、脳細胞に栄養を供給する役割を担う「星状細胞(アストロサイト)」が神経幹細胞として機能していることが知られています。
体内の細胞は、特定の役割を持つ細胞(例えばニューロンや胃粘膜細胞)と、それらを補充する幹細胞に分かれます。
ニューロンや胃粘膜細胞が「職についている」社会人とするなら、幹細胞は「職に就く前の未熟者」と言えます。
細胞の世界では、増殖するのは職に就いた細胞ではなく、未熟な幹細胞です。
未熟な細胞が増えることで、需要に応じて迅速に補充できるのです。
しかし、マウスの脳室下帯にある星状細胞は特殊で、既に栄養供給という「職」に就いているにもかかわらず、幹細胞として未熟な細胞を生成する機能も持っています。
つまり、「幹細胞らしくない細胞」が幹細胞として機能しているのです。
脳の他の場所に存在する星状細胞には、こうした幹細胞の機能は確認されていません。
当初の研究は、「なぜ既に特定の役割を持つ細胞が、幹細胞としての能力を持つ場合と持たない場合があるのか?」という疑問に答えるために始まりました。
しかし、研究が進むにつれ、脳の様々な場所に存在するこの栄養供給役の細胞が、幹細胞に再プログラムできることがわかってきたのです。