進化の鍵は単細胞生物にあった?
進化の鍵は単細胞生物にあった? / Credit:Canva
biology

固有遺伝子をすり替えてマウスをつくる――新たな多能性細胞の作成

2025.01.12 17:00:33 Sunday

私たち人間を含む多くの動物は、地球上に数十億年前から存在してきた単細胞生物が進化を重ねる中で誕生したと考えられています。

しかし「一つの細胞」しか持たない生き物が、どうやって目や心臓、脳などを持つ「多細胞」の生命へと変化していったのでしょうか。

実は、その謎を解き明かすカギを握るのが「襟鞭毛虫(えりべんもうちゅう)」と呼ばれる、ごく小さな単細胞生物だといわれています。

襟鞭毛虫は名前こそマイナーですが、研究者の間では「動物にもっとも近い単細胞生物」として注目の的です。

今回のニュースで話題になっているのは、襟鞭毛虫が持つ「ソックス遺伝子」という特別な遺伝子の働き。

私たちの体をつくる上で重要な設計図のスイッチ役を果たすこの遺伝子が、襟鞭毛虫の中にすでに備わっていたとわかったのです。

たとえば、私たちの体をつくり直す力を持つ万能細胞のようなものが、実は襟鞭毛虫の遺伝子からもうかがえる――そう聞くと驚きませんか。

今回、香港大学の研究チームが行った実験によると、襟鞭毛虫由来のソックス遺伝子をマウスの細胞に組み込むと、細胞が多能性(さまざまな細胞に変身できる能力)を持つ状態にリセットされることが確認されたのです。

単細胞なのに、多細胞生物の機能を左右する大切な仕組みをすでに内包している可能性がある──これは生物の進化過程を再考させる大きな発見と言えます。

さらに研究チームは、マウスの初期胚にこの細胞を注入し「キメラマウス」という実験動物を作成。

すると、襟鞭毛虫の遺伝子を持つ細胞が哺乳類の体内で正常に機能し、多様な組織をつくり出せることを示唆する結果が得られました。

単純な見た目の襟鞭毛虫が、私たち哺乳類の体内でも問題なく働くという事実は、「なぜ動物は多細胞になれたのか」という疑問の解明に、新たな扉を開いてくれそうです。

この研究は、昔の生物が持っていた基本的な仕組みが、何億年もの時を超えて私たちの体づくりにも関わっているかもしれない、というロマンにあふれています。

過去の進化の謎を追いかけることが、未来の医療やバイオテクノロジーにも大きく貢献するかもしれない――いったいどんなメカニズムが働いているのか、どのように私たちの健康や生命観に影響してくるのでしょうか?

研究の詳細は2024年11月14日付で学術誌『Nature Communications』に掲載されています。

Scientists Use Billion-Year-Old Genes to Breed Chimeric Mouse https://www.zmescience.com/science/news-science/scientists-use-billion-year-old-genes-to-breed-chimeric-mouse/
The emergence of Sox and POU transcription factors predates the origins of animal stem cells https://doi.org/10.1038/s41467-024-54152-x

単細胞生物に秘められた進化の手がかりを探る

私たち人間を含む動物は、数十億年前に地球上に存在した単細胞生物から進化してきました。

その進化の理解を深める手がかりの一つが襟鞭毛虫 (えりべんもうちゅう) と呼ばれる単細胞生物です。

襟鞭毛虫は動物に最も近い単細胞生物として知られています。

襟鞭毛虫の遺伝子構造や機能を研究することで、多細胞動物の起源を探る手がかりを提供してくれます。

襟鞭毛虫は小さな単細胞生物ですが、その体は鞭毛という糸状の構造と襟に似た部分でできています。

この襟は、水中の微粒子を捕まえるための仕組みで、食べ物を効率よく集めることができます。

このようなシンプルな構造の生き物ですが、その中に、動物と深くつながる秘密が隠されているのです。

Monosiga brevicollis (襟鞭毛虫の一種) の位相差画像
Monosiga brevicollis (襟鞭毛虫の一種) の位相差画像 / phase contrast image of Monosiga brevicollis, by Stephen Fairclough, CC BY-SA 2.5, via Wikimedia Commons

今回の研究では、襟鞭毛虫が持つSoxという遺伝子が注目されました。

Sox遺伝子は動物の体を作る設計図を調整し、細胞の役割を決めるスイッチのように働きます。

特に、iPS細胞の維持や作製に重要で、細胞をリプログラミング (多能性を持つ細胞に変化させる) する際に他の遺伝子と協力し、多能性を誘導します。

そして、襟鞭毛虫のSox遺伝子を詳しく調べると、その構造や働きが哺乳類のSox遺伝子と驚くほど似ていることがわかりました。

具体的には、両者がHMGボックスという共通の構造を持ち、遺伝子のスイッチとして機能する点で類似しています。

これにより、細胞の運命や分化を制御する役割を果たします。

また、襟鞭毛虫のSox遺伝子は、哺乳類と同じようなタイミングで活発に働き、細胞が多能性を持つように働きかける可能性があると考えられています。

この類似性に基づいて、研究者たちは「襟鞭毛虫のSox遺伝子も動物のSox遺伝子と同じように細胞をiPS細胞に変える能力を持つのではないか」と考え、実験を行いました。

単細胞生物の遺伝子が動物でも機能した
単細胞生物の遺伝子が動物でも機能した / Credit:Canva

実際に、襟鞭毛虫由来のSox遺伝子をマウスの体細胞に導入すると、その細胞がリプログラミングされ、多能性を持つiPS細胞へと変化することが確認されました。

これまで動物の進化の過程でのみ発揮されると考えられていたSox遺伝子の機能が、単細胞生物由来の遺伝子でも見られるというのは、進化の過程における重要な手がかりとなります。

研究チームはSox遺伝子が動物の細胞でどのように機能するかを調べました。

その実験の一つが、Sox遺伝子で作成したiPS細胞を用いてキメラマウスを作成する取り組みです。

この方法により、単細胞生物の遺伝子が哺乳類の体内でどのように働くのかを直接観察することが可能になります。

次ページキメラマウスで探る襟鞭毛虫と哺乳類の進化的つながり

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