量子竜巻をはじめて三次元的にとらえることに成功

最新の量子物質研究は、私たちの生活に直結する新しい電子現象を明らかにしつつあります。
特に、量子物質と呼ばれる特殊な素材では、電子が予想外の振る舞いを示すことが知られており、これが次世代の技術に繋がる可能性が注目されています。
例えば、今回の研究で使われた量子物質であるタンタルヒ素(TaAs)では、物質の内部に「Weyl点」や「Dirac点」と呼ばれる特別なポイントが存在します。
これらは、電子が持つ波のような性質(波動関数)が交差する場所で、まるで水面で波がぶつかり合い、そこから小さな渦ができるような現象を予想されています。
この現象を理解するためには、まず「運動量空間」という概念を知る必要があります。
運動量空間とは、実際の位置ではなく、電子がどの方向にどれくらいの速さで動いているかを示す「動きの地図」のようなものです。
普段、私たちは位置(どこにあるか)で物体を捉えますが、運動量空間ではその物体の「速さ」や「向き」といった動きの情報で表現します。たとえば、地図が街の位置を示すのと同じように、運動量空間は電子がどの方向に、どれだけの速さで動いているかを示す「動きの地図」と考えるとわかりやすいでしょう。この地図を使うことで、電子がどのようにエネルギーを持ち、どんなふうに振る舞うかを詳細に理解できるのです。
Weyl点やDirac点は、この運動量空間の中で、電子のエネルギー帯が交わる場所にあたり、そこでは電子の波が特有の形でねじれ、回転する「渦」が形成されると考えられてきました。
さらに、これらの「点」だけでなく、電子の波が「線」として広がりながら交差する可能性もあり、その場合は運動量空間全体で連続的な渦巻き構造が現れると予想されます。
これは、まるで台所のシンクで水が流れ込むと、排水口の周りに回転する渦ができるのと似たイメージです。
これらの現象は、以前の論文や関連研究で理論的に予測されてきたものであり、今回の実験で初めて実際に観測されたといえます。
しかし、運動量空間を三次元で詳細に観察するのは容易ではありません。
一般的な角度分解光電子分光(ARPES)は、二次元の断面を測定するのが主流で、三次元全体を隅々まで把握することは難しかったのです。
そこで研究者たちは、光のエネルギーを大きく上げて(ソフトX線を使用するほどに)、さらに光の向きや振動の仕方(偏光)を切り替えることで、立体的に運動量空間を“スキャン”できる技術を開発しました。
これにより、電子が上下や奥行き方向に動く様子まで漏らさず捉えられるようになったのです。
すると、理論上「あるかもしれない」とされていた“線”の付近で、電子がまるで竜巻のように渦を巻いていることが初めて明確に示されたのです。これが「量子竜巻(オービタル・ボルテックス)」と呼ばれるものです。
さらに、この渦の位置や形状は物質の結晶構造によって左右されることもわかりました。
加えて、この渦状の電子の性質がスピンと呼ばれる別の電子特性にも影響を及ぼす可能性があるため、将来的には省エネルギー型の電子機器や、新しい情報処理技術への応用が見込まれます。
これまでは、物質内部に“線”のような特殊な領域があるという程度の理解しかありませんでした。
しかし今回は、電子の“渦”を三次元的に視覚化することに成功したため、二次元データだけでは想像するしかなかった立体像――「ここにぐるぐる渦が巻いている」という様子――をはっきり確認できたのです。