自己認識力の重要性

道徳的に「これだけは許せない」「これは絶対に正しい」という強い思いは、驚くほど大きく社会を動かしてきました。
公民権運動のように、社会の前進を後押しする力になる場合もあります。しかし、宗教戦争や暴動のように、まるで燃料が過剰に注がれて制御しきれなくなるかのように、激しい対立を引き起こす面もあるのです。
ここで鍵となるのが、自分自身の思考や信念を客観視できる自己認識力(メタ認知)です。
たとえば、友人との口論で「絶対に私が正しい!」と譲らないケースを想像してください。
自分の正しさを強く確信するあまり、相手の話を聞かなくなることがあります。
これは“問題意識”だけが強まっている一方で、“状況を冷静に見直す仕組み”が働きにくい状態といえます。
もしその仕組みが完全に停止していれば、突き進むばかりで衝突が大きくなりがちです。
会議やディスカッションでも同様で、「相手の意見をきちんと理解しているか」「自分の発言に偏りはないか」を振り返るには、自己認識力が欠かせません。
実際、心理学の研究では、自分の判断がどれほど正確かを冷静に捉えられる人ほど、新しい情報や矛盾する意見に対しても受容的になりやすいと報告されています。
逆に、自己認識力が低い人ほど「自分は間違っていない」と強く信じて他の情報をシャットアウトし、思い込みによる暴走を起こしやすい傾向があります。
さらに興味深いのは、自己認識力と知能(IQ)のあいだにも、ある程度の相関がみられると示唆する研究が存在することです。
研究によって値にはばらつきがあるものの、メタ認知の正確さ(自分の判断や認知の正否を見極める力)とIQには、平均すると中程度(たとえば相関係数が0.3から0.4程度)のプラスの関連が見られると報告されています。
もしここが弱まれば、「この道徳的確信は本当に正しいのか?」と立ち止まるタイミングを失いやすくなるかもしれません。
実際、SNSでは「道徳的・感情的な単語」を含む投稿が拡散されやすいと報告された例があります。
私たちが「これは間違いなく正しい!」と思う話題ほど、周囲に共有したくなる心理が働くのかもしれません。
その結果、同じ価値観をもつ人ばかりが集まる“情報バブル”に陥り、違う考えとの接点を失ってしまうリスクも高まります。
ある研究では宗教的熱意が高い人ほど道徳的確信が強まる傾向が示唆され、そうした人々が「自分は絶対に正しい」と思い込むと、排他的な態度になりやすい可能性も指摘されています。
強い道徳的確信の“光と影”を理解するためには、信念の強弱だけでなく、その背後にある脳の働きや自己認識力の関係に注目する必要があります。
そこで今回の研究では、社会・政治問題に対して「これは正しい!」と強く感じたときに脳で何が起きるのか、さらに自己認識力が高いか低いかでどう変わるのかを詳しく探ることが目指されました。