絵画修復の常識を塗り替える「取り外せる修復マスク」技術を開発

従来の絵画修復は、熟練の絵画修復士が筆を取り、失われた部分を手作業で“描き直す”という気の遠くなるようなプロセスです。
美術館やギャラリーが所有する絵画のうち、実に70%近くが展示できない理由の一つが、こうした修復の手間とコストにあるとも言われています。
MITの大学院生アレックス・カチキン氏は、機械工学を専門とする傍ら、趣味として古典絵画の修復にも取り組んできました。
彼はこうした業界の実情に疑問を抱き、「もっと迅速で、しかも倫理的に正しい修復方法はないのか?」と考えたのです。
最初に、伝統的な手法で過去の修復跡を丁寧に除去し、オリジナルの絵肌をできる限り取り戻します。
その後、作品を高解像度スキャナーで詳細に読み取り、デジタルデータ化します。
このスキャン画像をAIに解析させることで、「絵がもともとどのような姿だったか」を予測し、完全なデジタルモデルを作成しました。

そして、ここからがこの研究の革新的な部分です。
AIが生成した“理想の絵”とオリジナルのスキャンを比較し、どの部分が欠損していて、どんな色で補えばよいのかをマッピング。
その情報を基に、超高精細インクジェットプリンターを使って、透明な極薄ポリマーシートに色をプリントしていきます。
このマスクは2層構造になっており、1層目に必要なカラーインク、2層目にホワイトインクを重ねて印刷することで、再現性の高い色表現を実現しています。
そして最後に、このマスクを絵画の上にピタリと重ね、ワニス(表面を保護するための透明な塗料)を薄く吹き付けて固定します。
ちなみに、このマスクもニスも既存の保存用溶剤で簡単に除去できるようになっており、オリジナルの絵には一切ダメージを与えません。
つまりこの手法は、修復しながらも“取り外し可能”な、保存倫理に適った技術だと言えます。
では、この技術を用いることでどれほど素早く絵画修復ができるのでしょうか。