宇宙の終わりは予想より10¹⁰²²倍倍速いかもしれない
宇宙の終わりは予想より10¹⁰²²倍倍速いかもしれない / Credit:Canva
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宇宙の終わりは予想より10¹⁰²²倍倍速いかもしれない (2/3)

2025.06.17 21:00:52 Tuesday

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人体も月も10⁹⁰年で量子蒸発してしまう

人体も月も10⁹⁰年で量子蒸発してしまう
人体も月も10⁹⁰年で量子蒸発してしまう / Credit:Canva

ブラックホールではない天体が蒸発し宇宙が終わってしまうまでどれほどかかるのか?

もちろん宇宙全体の寿命を直接“実験”することはできませんが、研究チームは理論計算によってさまざまな天体の蒸発時間を求めました。

その結果、ホーキング放射と同様の量子効果による重力ペア生成によって生じる蒸発時間は、おおまかには天体の平均密度によって決まり、質量が変化すると若干の違いが生じることが示されました。

重力ペア生成とは何か?なぜ量子蒸発を起こすのか?

「重力ペア生成」とは少し耳慣れない言葉かもしれませんが、実は宇宙の運命を大きく左右する可能性を秘めた、とても興味深い現象です。今回の研究によると、星やブラックホールがこの「重力ペア生成」によって、いつかは消滅してしまう可能性があるというのです。一体どういうことでしょうか?

この話を理解するためにはまずブラックホールでみられる量子的な蒸発といえる現象(ホーキング放射)を知る必要があります。

「量子の世界」では何もないように見える真空でも、実は小さなエネルギーの揺らぎが常に起こっていて、粒子と反粒子という2つの仮想粒子が一瞬だけペアになって生まれては消える、ということが頻繁に繰り返されています。このような粒子は通常あっという間に消えてしまいます。

しかし、もしこれがブラックホールのような強い重力場の中で起きると、ちょっと不思議なことが起こります。重力が強い場所では空間が歪んでいるため、粒子のペアが生まれた後、それらがそれぞれ違う経路をたどることになります。そうすると、粒子と反粒子が完全に元通りに重なることが難しくなり、再び消滅することができなくなってしまうのです。

その結果、一方の粒子だけが外へ逃げ、もう一方はブラックホールに取り込まれることになります。

このとき天体は、外へ逃げた粒子のエネルギー分だけ自分自身のエネルギー(質量)を失うことになります。

無から生じた粒子と反粒子が再び無に帰れば問題はありませんが、分裂したペアがそれぞれ別の道を行くことが確定すると、その実在分のエネルギーをどこかが肩代わりしなければなりません。

でなければ宇宙に勝手に質量エネルギーが加算されて、エネルギー保存則に反することになってしまいます。

そのツケ回収担当となるのが既に実在するブラックホールの質量エネルギーとされています。

このように――ほんのわずかずつ――しかし確実に――体重計の針が軽くなる。これがブラックホールでみられる量子蒸発と呼ばれる現象です。

そしてここからが新しい「重力ペア生成」の話になります。

新たな研究ではこの量子蒸発がブラックホールという極限的な天体限定の話ではなく、普通の物体にも当てはまる可能性があることが示されています。

実際には陽子崩壊や天体衝突など別のプロセスが先に物体を壊してしまうと考えられるため、人間や月がそこまで長寿を保つ保証はありません。

それでも「ブラックホール専用だった量子蒸発が、重力さえあれば物体を選ばず働くかもしれない」という発想は魅力的です。

また重力ペア生成はホーキング放射の“いとこ”にあたり、同じ真空ゆらぎを使いながら、事象の地平線を必要としないという点でより一般的なメカニズムと言えます。もしこの量子蒸発が本当に普遍ルールなら、私たちの日常品までもが気の遠くなる未来で静かに“溶けて”いく運命にある――そんな宇宙の長大な未来を、一つの簡潔な数式が示唆しているのです。

理論によれば密度を3倍にすると蒸発までの時間はおおよそ5倍強に縮み、逆に密度を10分の1にすると時間は30倍近くに膨らむ計算になります。

ただ常に密度が高いほど早く蒸発するかと言えば、実際にはそう単純ではありません。

計算によれば、超高密度の中性子星と太陽質量程度の恒星ブラックホールはいずれも約10⁶⁷年(1の後に0が67個続く年数)という同程度の時間をかけて蒸発することが分かりました。

重力が非常に強いブラックホールの方が早く消えてもおかしくないように思えますが、「ブラックホールは自身が放出した放射の一部を再吸収する性質があり、これが蒸発の速度を予想より遅くしています。これは表面を持たないブラックホール特有の挙動です」と共同研究者のマイケル・ヴォンドラック博士は説明しています。

つまり新たな理論でブラックホールは少し寿命の得をする場合もあるわけです。

(※質量が小さいブラックホールは中性子星よりわずかに短命ですが、数倍以上重くなると逆に中性子星よりも長命になるという質量依存の面があるのです。)

一方、白色矮星のような比較的低密度の天体(ブラックホールに比べて)では、蒸発完了までに要する時間はもっと長くなります。

白色矮星は宇宙で最後まで残る「燃え尽きた星の残骸」と考えられますが、今回の計算では約10⁷⁸年で蒸発し尽くすことが示されました。

従来は白色矮星がホーキング放射のみを考えた場合、事実上永遠に近い約10¹¹⁰⁰年も存続すると考えられていただけに、今回の結果がいかに驚くべき短縮であるかがわかります。

さらに研究チームは、「せっかくなら身近な天体も」との発想から月や人間にまで着目し、それらが蒸発するまでの時間も計算しています。

その結果、月や人間のような小さく低密度な物体でも重力によるペア生成でいずれ消滅するものの、完了までには約10⁹⁰年(1の後に0が90個続く年数)もの気の遠くなる歳月を要すると見積もられました。

(※厳密には人体や月が蒸発するまでには約10⁸⁶~10⁸⁷年とされます。)

これは宇宙最後の白色矮星が消える時期(約10⁷⁸年)よりもはるかに後になります。

言い換えれば理論上は、ホーキング放射だけを考えると、人間や月のような密度の低い物体ほど『蒸発』がゆっくり進むため、白色矮星よりもさらに長期間存続する可能性がある、という奇妙な結論になります。

今回の研究はただ計算しただけではない

論文では、境界としての地平線を仮定せず、球対称かつ漸近平坦な重力場中での質量ゼロスカラー粒子のペア生成を、共変摂動論という量子場理論の手法で厳密に計算しています。その結果、「事象の地平線なしでも、曲率(重力ポテンシャル)の傾きが十分大きければ、仮想粒子対が現実の粒子へ分離する」ことが示されました。

具体的には、ペア生成率を求める波動関数のボゴリューボフ係数を解析的に展開し、その振幅から生じるエネルギー損失を天体の質量エネルギー減少として読み取ります。こうして得られた「蒸発時間 τ は平均密度 ρ の −3/2 乗に比例する」(τ ∝ ρ⁻³ᐟ²)という新しい法則は、ブラックホールだけでなく中性子星や白色矮星、さらには月や人体といったあらゆる重力源に適用可能であることを理論的に裏付けています。

「なぜ事象の地平線を持たない普通の物体にも量子蒸発が起きるのか?」という問いへの答えは、まさに“重力ポテンシャルの曲率そのものが量子ゆらぎのペア生成を引き起こす”という量子場論的予言が存在し、それを具体的に計算で確かめたからにほかなりません。

もっとも、研究者たち自身も指摘しているように、現実には人間や月がそこまで存続する前に別のプロセスで消えてしまうでしょう。

この計算はあくまで「重力場による量子的な蒸発だけを考えた場合にどうなるか」を示した理論値に過ぎませんが、そのような突拍子もない問いを真面目に計算してみせたこと自体がユニークな成果と言えます。

次ページ実際に全てが量子蒸発する日は来るのか?

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