1時間で視力改善――点眼薬の驚くべき効果

今回の研究では、実際に老眼に悩む患者さんたちに特別な目薬を使ってもらい、本当に視力が改善するかを既存の研究などを参考に調べました。
調査を行ったのはアルゼンチンのブエノスアイレスにあるクリニックで、実際に通院していた老眼の患者さん766名(平均年齢55歳)を対象に蓄積されたデータが対象となりました。
この患者さんたちは、ピロカルピンとジクロフェナクという2種類の薬を配合した特別な点眼薬を使用しました。
「ピロカルピン」と「ジクロフェナク」という薬剤は、それぞれ目薬として昔からよく使われているものです。しかし、この2つの成分が最初から両方入った目薬として一般的に売られている商品は今のところ存在していません。現在知られているのは、研究施設や病院などが独自にそれぞれの目薬を混ぜ合わせて作り、患者さんに処方するという方法です。
使い方は、1日2回、朝と午後に目薬を差すのが基本で、見えづらさを特に感じた時には任意で3回目を追加することもできました。
点眼薬の効果を確かめるために、研究者たちは患者さんの視力を薬を使う前と、使った後1時間という短時間で比較しました。

結果は驚くべきもので、点眼薬を使ってからわずか1時間後、患者さんたちの「裸眼での近くを見る視力(裸眼近見視力)」が視力表を基準に、平均して約3.45行分も改善したのです。
(※近見視力表で読めた“文字の段(行)”が何段分小さくなったかを指します。近見視力表は、上から下へ行くほど小さい文字が並びます。)
視力表で約3.45行改善というのは、例えばこれまで新聞やスマホの小さい文字がぼやけていた人が、1時間後にはその小さな文字がスッキリくっきりと見えるようになったということです。
これは、日常生活を大きく変える可能性のある、とても大きな改善と言えるでしょう。
また、この目薬には「用量依存性」という現象が見られました。
「用量依存性」という言葉は聞き慣れないかもしれませんが、簡単に言えば薬の濃度が高くなるほど効果が強くなる、ということです。
この研究では、ピロカルピンという薬の濃度を1%、2%、3%の3段階に分けて比較しました。
その結果、ピロカルピン1%の濃度を使ったグループでは、患者さんの99%が視力表で2行以上改善していました。
さらに、ピロカルピンの濃度が高くなるほど改善する割合が大きくなることも分かりました。
濃度が2%の場合、患者さんの約69%が視力表で3行以上の改善を示し、3%ではさらに高く、約84%の患者さんが3行以上改善しました。
つまり、薬の濃度を患者さんの状態に合わせて調整すれば、より多くの患者さんが満足できる可能性がある、ということです。
この研究のもう一つの重要なポイントは、目薬の効果がどれだけ長続きするかを調べたことです。
視力が改善したとしても、すぐに元に戻ってしまってはあまり役に立ちません。
そこで研究チームは、患者さんたちがこの目薬を使い始めてからどのくらい長い期間、視力の改善が保たれたのかを詳しく調べました。
その結果、患者さんの視力改善効果は中央値で434日、つまり約1年と2か月ほども続いていました。
さらに、なかには観察期間いっぱいの2年間、良好な視力を保ち続けた患者さんもいたのです。
これは、単なる一時的な効果ではなく、継続的な改善が期待できる可能性を示していると言えるでしょう。
また、使用してから12か月後に行った調査では、約83%の患者さんが良好な近見視力を維持していました。
ただ、この調査の時点で患者さんがメガネを使ったかどうかなどの詳しい条件は報告されていませんので、その点には注意が必要です。
もちろん、新しい薬を使う時に一番気になるのは、安全性です。
研究では、副作用についても注意深く調べました。
2年間の調査期間中には、眼圧(眼球内の圧力)が大きく上昇することや、網膜剥離(目の中の膜がはがれる病気)といった重い副作用は一例もありませんでした。
報告された副作用の多くは、一時的に視界が薄暗く感じること(32%)、目薬を差した時に少し刺激を感じること(3.7%)、そして軽い頭痛(3.8%)などでした。
これらの症状はいずれも軽くて短期間で消えるもので、比較的安全に使える可能性が高いことが分かりました。
このような結果を受けて、研究者たちはこの目薬が手術や老眼鏡を完全に置き換えるものではなく、あくまで「新しい選択肢」のひとつだと強調しています。
老眼鏡を完全に使わなくてもよくなるということは保証されていませんが、これまでメガネや手術しか選択肢がなかった多くの人たちにとって、日常生活の不便を大きく軽減できる可能性があるのです。
まさに、老眼治療の可能性を広げる新しい道筋が、この研究によって初めて濃度ごとのデータとして具体的に示されたと言えるでしょう。