私たちが「記憶」と思っているものは「今」作られた即興品

一度覚えた思い出は脳の中に写真アルバムのように保管され、開けばいつでも同じ光景が蘇る──そんなふうに考えてしまいがちではないでしょうか。
しかし現実の記憶は必ずしも鮮明な写真のようではなく、しばしば断片的で抽象化された断片にすぎないことが知られています。
心理学者ロフタス博士の研究など、誤った情報が入り込むと人は実際になかった出来事さえ「記憶した」と思い込むケースがあることが示されています。
このように記憶は当初から不完全なのですが、最新の研究ではさらに踏み込んで「記憶は思い出すたびに組み立て直されている」という考え方が提唱されています。
実は、記憶はアルバムというより「記憶の骨格」あるいは「映画の脚本」に近いのだとたとえることもできます。
私たちが自分の記憶を完全だと錯覚してしまうのは、新皮質(大脳の表面にある高次機能を担う領域)がその“骨格”をもとに演出を加え、本物さながらに感じさせてしまうことがあるからだと考えられます。
ところが私たちは普段、自分の記憶が改変されているなどと夢にも思いません。
かつて心理学者バートレットは、人が自身の体験を語るとき都合よく話をつくり変えてしまうことを指摘しましたが、それを私たちは自覚できません。
それほどに脳の“演出”は巧みであり、私たちは記憶をあたかも事実そのものだと信じてしまうのです。
ですが積み重ねられた研究結果は、私たちの頭に浮かぶ「思い出」という記憶表象は、過去の出来事の完全な再演ではなく、その場その場で再構成された即興の生配信であることを示しています。
問題は、その演出が「思い出した瞬間」に即興で行われるがゆえに、どうしても今の気分や知識など現在の状況に影響されて不正確になってしまう点です。
ですがそれで終わりではありません。
演出された記憶は再び海馬(長期記憶の中継を担う脳の部位)に保存し直されることがあるのです。
つまり、思い出すたびに記憶内容がその時の自分に合わせて少しずつ書き換わっていくという現象が起こります。
ではなぜ脳はそんな面倒なこと(毎回記憶を作り直すこと)をしているのでしょうか?
そして本当に、思い出すたびに大切な記憶が少しずつ変質してしまうのでしょうか?
次ページではここで説明した概略をより詳しく、解説していきたいと思います。
(※詳しい解説よりも、なぜ脳が記憶を作り直す仕組みがあるかだけを知りたい人は最後のページの「コラム:なぜ脳はわざわざ記憶を書き換える仕組みを持っているのか?」に飛んで下さい)

























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