時間は「解像度」だった――時間の始まりも境界の理論で扱えるかもしれない
時間は「解像度」だった――時間の始まりも境界の理論で扱えるかもしれない / Credit:川勝康弘
physics

時間は「解像度」だった――時間の始まりも境界の理論で扱えるかもしれない (2/2)

2025.12.12 21:30:20 Friday

前ページ一番わからない時間を「別の言語」に翻訳できるかもしれない

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時間がない世界から時間を取り出す計画

時間がない世界から時間を取り出す計画
時間がない世界から時間を取り出す計画 / Credit:川勝康弘

こっち側の言葉とあっち側の言葉を上手く結び付けられるのか?

研究チームは理論計算によってこの考えを検証しました。

宇宙の時空にある重力と物質の情報を、境界世界に対応する形に書き換え、それに対応する境界世界での方程式を設定したのです。

そして、境界側と宇宙側でそれぞれ物理量を計算し、その結果が一致するかを確かめました。

先に述べたように、こっち側(宇宙側)とあっち側(境界側)で、同じ種類の「揺らぎの統計」を別々に計算し、答え合わせをしたのです。

※このとき境界側の理論はハミルトニアン制約(重力理論で時空の取り方を縛る基本方程式)を満たすように組まれます。その結果、こっち側(宇宙側)の「時間の進み」が、あっち側(境界側)では「解析尺度の変化」として表れる形になります。研究チームは、この対応づけの上で理論がちゃんと動くか検証しました。)

その結果、場のゆらぎどうしの相関といった基本的な値が、宇宙側で求めた場合と境界側の理論で求めた場合でピタリと一致しました。

この結果が示す意味は何でしょうか?

一言でいえば、理論モデルの範囲では、「こっち側(宇宙側)の時間を、あっち側(境界側)の解像度の理論で再現できた」ことを意味します。

※より具体的には、あっち側(境界側)の解析尺度を変化させる操作(RGフロー(スケールの流れ))が、こっち側(宇宙側)では時間が経過することに相当しました。

あえて映画館のスクリーンでたとえるなら、スクリーン(境界)を見る細かさを変えることが、宇宙側では時間が進むことに対応すると示したのです。

宇宙の出来事を境界の量子状態の方程式として扱えることが、理論計算上とはいえ確認された意義は大きいでしょう。

コラム:時間を解像度として扱えると何が美味しいのか?

この論文がやっているのは、時間を正面から説明するのではなく、解像度を変えたときの理論の変化という、比較的つかみやすい「操作の言葉」に翻訳してしまうことです。

この翻訳によって、いちばん“美味しい”のは、これまで手がかりが少なすぎた根源問題を、手触りのある計算問題に変換できる点です。時間は私たちにとって最も身近なのに、いざ「時間とは何か」「なぜ前に進むのか」「始まりはどういう意味か」と問うと、話が途端に空中戦になります。

ところが解像度の話なら、顕微鏡の倍率を上げ下げしたり、画像を粗くまとめたり細かく分解したりする直感が使えます。理論物理では、この「見方の粗さを変えると、ルールの見え方がどう変わるか」を体系的に追う道具がすでに育っていて、その代表がRGフロー(スケールを変えたときの理論の変化の流れ)です。

時間の謎を“時間の言葉”で追いかけるのを一度やめて、“解像度の言葉”に翻訳してから攻め直す、という作戦になります。決して容易い道ではありませんが、少なくとも“同じ山”を登るための目に見える別ルートが手に入ります。

もう一つの美味しさは、検算(フィードバックに近いもの)ができる点です。ここで言うフィードバックは「現実の宇宙の時間をつまみで回す」という意味ではありません。そうではなく、「同じ量(ゆらぎの統計など)を、宇宙側の言語と境界側の言語でそれぞれ計算して、答えが一致するかで理論を締め上げる」という意味です。この論文でも、境界理論側の“流れ(フロー)”の計算から相関関数を出し、宇宙側の計算と突き合わせる、という姿勢が前面に出ています。これはまさに、「翻訳がうまく働くなら、検算できる場面を増やしていく」という研究戦略の宣言です。

※さらに著者らは、対応を強める次の一手として、2点関数だけでなく高次(3点関数など)の波動関数係数も同じ流れの計算から回収すること、閉じた空間スライスや一般のFLRW宇宙(私たちの宇宙に近い膨張宇宙モデル)への拡張、1/N補正(理論をより精密にする補正)の取り込みなどを、具体的な「今後の方向」として挙げています。

そして三つ目の美味しさは、概念の交通整理です。「時間の向き」や「なぜこの宇宙はこうなのか」という“説明の流れ”を、境界側の流れとして整理し直せるかもしれない、という話です。もちろん、これは完成された理論ではありません。しかし「時間=解像度」という翻訳が美味しいのは、こうした根源的な問いが、少なくとも“議論の土俵”としては整い、次に何を確かめればよいかが具体化する点にあります。

これは宇宙の始まりやインフレーションの謎に新たなアプローチを提供する重要な一歩といえます。

今後、このアプローチが進展すれば、「時間の始まり」という問いに対しても数式でアプローチすることが可能になるかもしれません。

誰も見たことのないビッグバン直後の様子や、インフレーションの詳細な仕組みを、境界世界の理論計算から読み解けるようになる未来も考えられます。

もしかしたら未来の世界では、「時間とは何か」という問いが、時計の前後を想像するのではなく、「境界の理論はどんな形に落ち着くのか」と考えるのが当たり前になるのかもしれません。

地球が平面と思われていた時に人々は地球の端について「答えの出ない悩み」を抱えていましたが、地球が球体という新たな視点を得ると、既存の問い方そのものが時代遅れになります。

そのとき、私たちが当たり前だと思っていた「時間」という言葉自体が、少し違う色で見えてくるはずです。

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