高齢者の「若々しさ」は本当に歓迎されるのか?
年齢には、実年齢と主観年齢があります。
実年齢は、生まれてから何年経ったかを示す年齢です。
一方、主観年齢は「自分では何歳くらいに感じているか」という心の中の年齢です。
同じ65歳でも、「年相応に65歳くらい」と感じる人もいれば、「自分は45歳くらいの感覚だ」と感じる人もいます。
これまでの研究では、実年齢より若く感じている高齢者ほど、健康状態や幸福感が良い傾向があると示されてきました。
そのため、「若い気持ちでいること」は基本的に良いことのように見えます。
しかし今回の研究チームは、ここに別の視点を持ち込みました。
若い気持ちを持つことは本人には良い影響を与えるとしても、周囲の人々がそれを同じように好意的に受け止めるとは限りません。
そこで研究チームは、「若く感じている高齢者」に対して、人々がどのような印象を抱くのかを調査しました。
研究チームは、2つの実験を通じて、若年成人や中年成人がこうした高齢者をどう評価するのかを調べています。
実験では、参加者に架空の高齢者についての短いプロフィールを読んでもらいました。
その人物は65歳または75歳に設定され、主観年齢は実年齢と同じ場合、20歳若い場合、40歳若い場合に分けられました。
たとえば、75歳だが自分を55歳くらいに感じている人物や、65歳だが25歳くらいに感じている人物など、主観年齢の差が小さい場合と大きい場合が比較されます。
そして参加者はその人物について、温かい人か、有能そうか、どれくらい好感を持つか、一緒に交流したいかを評価しました。
また、その人物がどれくらい「年相応」から外れて見えるかも評価しました。
こうした調査の結果、若く感じている高齢者への評価は、単純に「好意的」または「否定的」とは言い切れないものだと分かりました。
では、人々は「若々しい高齢者」にどんな複雑な感情を抱いていたのでしょうか。
「若々しさ」は有能にみられるが、「年相応ではない」と好感度が低下する
第1の実験では、18歳から34歳の若年成人213人が参加しました。
参加者は、65歳または75歳の高齢者についての説明を読み、その人の印象を評価しました。
その結果、実年齢より20歳または40歳若く感じている高齢者が、有能そうに見られる面が確認されました。
つまり、若い主観年齢は「賢そう」「自立していそう」「しっかりしていそう」といった評価につながる場合があったのです。
一方で、その人物が「高齢者らしさから外れている」と見なされるほど、温かさ、好感度、交流したい気持ちは低くなりました。
第2の実験では、参加者を672人に増やし、335人の若年成人と337人の中年成人を対象にしましたが、同様の結果が得られました。
こうした結果は、人々が若々しい高齢者を一概に否定しているわけではないことを示しています。
少なくとも今回の実験では、活動的で健康的に見える高齢者には好意的な評価も向けられていました。
しかしその若々しさが、「高齢者は年相応に振る舞うべきだ」という暗黙の期待から大きく外れているように見えると、反発が生まれることがあります。
これは、年齢差別を考える上で重要です。
高齢者に対する偏見は、「弱い」「遅い」といった否定的なイメージだけで生まれるわけではありません。
むしろ、「高齢者ならこの範囲に収まっていてほしい」という見えない期待からも生まれます。
その期待を外れた高齢者は、たとえ健康的で有能に見えても、「年齢の境界を越えている」と受け取られる可能性があるのです。






















自分が気持ちも身体も若いなら、他人の意見に寄せなくていいと思う。服装でもメイクでも、その人に合っていたらいいと思う。すごい香水の匂いをぷんぷんさせていたり、あまりにも短いスカートや似合わない服装で、迷惑になるのはいけないが。
「すごい香水の匂いをぷんぷんさせていたり、あまりにも短いスカートや似合わない服装で、迷惑になるのはいけないが。」
上記のような意見が差別的でいかにも迷惑だってことに気が付かないんだろうな…。
どっちにしろ若者の輪に入れてもらえないんだから高齢者も自分が気持ち良い選択をすればいい。自分としては高齢者がオシャレで元気なら嬉しい気持ちになる。自分もまだ頑張れるんだと思えるから。
生肌の露出の高い高齢者…肩や胸元や太ももをがっつり出した服装の女性や、たくさんの(三つや五つどころではなくて10個以上)アクセサリーを付けた男性や、そういう高齢者は「若々しい」「個性的」じゃなくて「勘違い」「周囲が見えていない」と思うよね。年齢差別というより、多分、そういう人は高齢者じゃなくて若かったとしても交流したくないかも。価値観や話が合うとかの「普通に」若々しいことは、良いと思うよ‼
気持ちも身体も若いなら、実年齢を知らない人が高齢者だと思うわけがない。
ネガティブな感情を抱かれている人は気持ちだけ若いのだろう。
高齢者に限らず、パブリックイメージから外れた人に周囲が違和感を覚えるのは当たり前。それが良いと言ってくれる人とだけ付き合えばいい。
思慮分別も備えてない若者の粗暴さだけを保ち続けている若々しい高齢者が増えて介護の現場でも問題になってます
別に個人の自由でしょ 匂いは困るけど衣類について他人が制限する権利や倫理はあるのかな?
香水の匂いは困るよね!
あと、ちょんまげ爺さんも余り近づきたくは感じません。
やっぱり、歳相応でいきましょうか…
お前ら本質見えてなさすぎ笑
結局、年齢不相応に幼稚な人間は何歳だろうと嫌われるし、遊び心や純粋さは、歳を重ねるほど希少で好かれる要素だと思うんですよ。
要は老若男女問わず、人は環境と人との相性次第で、でも本質的には人間性が優れているか以外の何物でも無いって思うんだ、これ当たり前じゃね?
で、より社会的な言い方をするなら、TPOを弁えない人間は年齢に関わらず煙たがられて、それが許されたり断罪されたりの基準って、単純にルッキズムや偏見や流行や、環境や気分による好き嫌いな訳じゃん?
結局社会的弱者って社会的な人気と表裏一体なんだよ。うん、これなんで誰も言わないの?
で、こういうコメント欄に何故か現れるのが、社会的弱者に対してなら、何か客観的な意見を述べる素振りすれば、社会的な好き嫌いの傾向の上塗りをする権利があると何故か思ってる人達で…まぁ結局何かしらの手段で同調圧力を発生させないと安心して眠れない可哀想な人なんだろうけどさ…。
俺、差別って差別そのものよりも、群衆効果や共同幻想的に人々が潜在意識で判断している根拠の薄い優劣や、それに最もらしい理由をつければ許されるとでも思ってる浅ましさに問題があると思ってる訳。
だから俺は、個別に〇〇差別がどうだとかの善悪にフォーカスしてそ取り組む事とか、それを真面目に研究したり取り上げる記事とかの方が正直うんざりなんだよね。
原因を無視した個別の現象なんかより、社会の根源的な構造と人間の本質的な弱さの普遍性と、それに無意識に迎合して間接的に増長させてる自分に目を向けろよって思うんだよ…。
ま、俺の単に今日、自己嫌悪のせいで虫の居所が悪くて、胸糞悪いコメントに腹が立っちゃったから書いてるだけの自己満足なんだけどさ…ぶっちゃけレスバよりも記事の内容に対するツッコミを入れる人達がいないのがムカついて噛みついてる訳。
こういうのって差別を考えない上で大事ですって思うわけ。
むしろ「これぐらいの範囲に収まって欲しい」という見えない期待からも産まれてるんだよね…。
はい、結局俺自身が価値観押し付けて、根源的な問題とは無関係なネットの片隅のコメ欄に真面目コメでイキってるっていうメタ的なギャグでーす。嘘でーす…はぁ、自己嫌悪…
あっ、自己満、自己満でした〜テヘペロ♥
おやすみNASAい。
「自己満」に逃げないでもっと語ってよぉ
「だから俺は、個別に〇〇差別がどうだとかの善悪にフォーカスしてそ取り組む事とか、それを真面目に研究したり取り上げる記事とかの方が正直うんざりなんだよね。
原因を無視した個別の現象なんかより、社会の根源的な構造と人間の本質的な弱さの普遍性と、それに無意識に迎合して間接的に増長させてる自分に目を向けろよって思うんだよ…。」
ここもっと聞きたいな、できればこれを前提とした先の話も…
若々しい老人は若々しい老人であり、若者ではない。
若々しい老人が何かを勘違いして若い世代の仲間に加わろうとするから、
「あ、呼んでないですー」
って言われるんよ。
ほんとこれ
医学は高齢者の寿命を伸ばし、発達障害者の寿命を伸ばす
リベラルは彼らの権利を語る
しかしわれわれの身体を作り出している遺伝子は老人に早く死ねと声をあげ、発達障害者に早く死ねと声を上げることを決してやめはしない
これは真実。今の社会では言ってはいけないが真実。
人間いつかは死ぬ。それはみんな一緒なんだから好きなようにすりゃいいじゃん。好きなこと出来んのは生きてる間だけ。他人に迷惑かけなければ人は年配だろうが子供だろうが障がい者だろうがみんな人だよ。
若々しい老人とは病気知らずで、
人に優しく人間性にすぐれてる人。
何時も誰かと交流し、女性だといつまでもおしゃれで男性だと清潔かん漂い。だれにでも親切で思いやりのある人。
一口て言えば元気な方で世間の情報にも、敏感な老人です。因みに私80才年を余り気にしないで生活してます。