氷河が運べたのは「旅の途中まで」
ジルコンの年代分布が祭壇石と最もよく一致したのは、ケイスネス地方のサークレットで採取された砂岩でした。
ブレイモア、カートミー、ポートスケラなど、スコットランド本土北部の砂岩も祭壇石とよく似ていました。
一方、アバディーン、ライニー、トミントールなど、より南にある砂岩はジルコンの年代構成が異なっていました。
研究チームは、この結果からケイスネス地方、またはインヴァネス・ブラックアイル周辺を祭壇石の有力な供給地域として挙げています。
ただし、サークレットが祭壇石の正確な供給地点だと判明したわけではありません。
比較できる試料は、広大で地質も複雑なオークニー盆地の一部に限られているためです。
また氷床モデルでは、ケイスネス地方から出発した岩石の大半が北や東へ運ばれ、ストーンヘンジの方向へ素直に南下しないことも分かりました。
そこで研究チームは、岩石がすでに約10キロ南のマレー湾側へ運ばれていたという条件を設定し、追加の計算を行いました。
その場合に限って、その後の氷流が岩石を南東へ運び、現在の北海にあるドッガーバンクまで到達させ得ることが示されました。
当時のドッガーバンクは、イギリスとヨーロッパ大陸の間に広がっていた「ドッガーランド(現在は海に沈んでいるが、かつては陸地だった地域)」の一部として海面上に露出していました。
氷河が運んだ土砂や岩石が積み重なった地形と、自然の岩盤が露出していない平坦な土地に巨大な砂岩が置かれていれば、人々の目を引いた可能性があります。
ただし、今回の氷床モデルでは、岩石をストーンヘンジまで直接運ぶ経路は示されませんでした。
仮に氷河が祭壇石をドッガーバンクまで運んだとしても、そこからソールズベリー平原までは約400キロあり、残りは人間が運ばなければなりません。
さらにドッガーバンクは、海面上昇によって約8000~7000年前までに水没しました。
祭壇石がストーンヘンジに置かれたと考えられる時期は、それより約3000年後です。
ドッガーバンク経由説が正しければ、人々は土地が水没する前に石を別の場所へ運び出し、数千年後に再び移動させたことになります。
人々が大切な石を海面上昇から守ったという筋書きは興味深いものですが、それを裏づける直接的な考古学的証拠はありません。
ドッガーバンクから祭壇石の破片が見つかったわけでもなく、祭壇石そのものが氷河に運ばれたことも証明されていません。
また、今回のモデルは空間的には約2.5キロ、時間的には1000年単位の解像度であり、細かな氷流の変化を完全に再現できるものではありません。
約45万年前には氷床がさらに南まで広がった時期もありましたが、その時代には十分に精密な氷床モデルがなく、輸送経路を検証できませんでした。
研究チームは今後、スコットランド北東部にある正確な供給地点と、人々が利用した可能性のある輸送経路の解明を目指します。
さらにドッガーバンク経由説を直接検証するには、海底に埋まる大型岩石の種類を調べ、過去の氷流をより細かく再現することも重要になるでしょう。
今回の研究が示したのは、氷河が祭壇石をストーンヘンジまで届けたという結論ではなく、その長い旅の一部を助けた可能性です。
氷河が輸送を手伝ったとしても、祭壇石を最終的にストーンヘンジへ運び、据えた主役が古代の人々だったことに変わりはありません。































