免疫の記憶すら残らなかった——それが意味すること

ウイルスが本当に消えたのか、それとも検出できないほど少量で潜んでいるだけなのか。
その手がかりになったのが、免疫の「記憶」です。
体がウイルスと戦うと、そのウイルスを覚えた免疫細胞や抗体が長期間にわたって体内に残ります。
これがいわゆる免疫記憶で、再感染に備える仕組みです。
もしウイルスがどこかに隠れていて免疫が監視を続けているなら、この記憶が残っているはずです。
ところが3つの治療を受けた8頭のサルには、ウイルスに対する免疫細胞の反応も、ウイルスの表面を認識する抗体も、まったく見つかりませんでした。
免疫の「戦った記録」そのものが見当たらなかったのです。
記憶がまったく残っていないということは、ウイルスが免疫の記憶に刻まれるほど長くは体内に居座れなかったことを示しています。
研究チームも、免疫が働いた形跡のないままウイルスが消えたように見える点を、注目すべき結果だと記しています。
研究チームはさらに、あえて免疫の見張り役(CD8陽性T細胞)を薬で一時的に取り除くという実験も行いました。
もしウイルスが潜伏していて免疫の監視だけで抑え込まれているなら、見張りがいなくなった隙に復活するはずです。
しかし3つを揃えて投与された8頭では、見張りを外してもウイルスは一切復活しませんでした。
つまり、免疫が抑え込んでいたのではなく、戦う相手そのものが早い段階で消えていたのです。
感染の極めて初期に、恒久的な隠れ家が完成する前にウイルスを三方向から叩いたことで、体内にウイルスが定着する機会自体を奪えた可能性を、このデータは示しています。
ヘイグウッド博士は「感染後最初の1週間には、これまで考えられていたよりもはるかに多くのことが起こっている」と指摘しています。
72時間という窓が開いている間に起きるウイルスと抗体のせめぎ合いは、従来の想定よりずっとダイナミックで、そこに3つの治療で介入する余地があったということです。
ただこの研究により、HIVを根絶する方法が作られたと言い切ることはできません。
今回の研究対象は人間に近いサルが用いられましたが、人間でも完全に同じ結果になるとは保証できません。
また今回の研究でウイルスが調べられたのは血液やリンパ節、腸などであり、脳・脊髄まで踏み込んで探されてはいません。
それでも、今回の研究は人間への応用への弾みになると期待されます。
実際、研究で使用された3つの薬のうち1つは既に実用化されており、残る2つも臨床試験が進んでいるからです。
そのため研究チームは安全性を確認する臨床試験や、その先の人間の赤ちゃんへの応用を見据えていると述べています。
一生分の薬。それが、生まれたばかりの子どもに手渡される前提でした。
その前提が、たった3日間の勝負で覆るかもしれない——今回の結果は、そう告げています。

































