法律は善悪を判断する「手がかり」となる
実験2では、法律を破った意図の有無を調べました。
参加者には「違法ではない場合」「意図的に法律を破った場合」「意図せず法律を破った場合」が提示されました。
最も厳しく評価されたのは意図的に違反した場合でしたが、本人が意図せず違反した場合でも、違法ではない場合より道徳的に悪いと判断されました。
行為の悪さは、違法ではない場合が平均3.65、意図せず違反した場合が4.31、意図的に違反した場合が4.80でした。
つまり、単に「ルールを破ろうとした態度」が嫌われただけではなく、違法という情報自体が評価に影響していたと考えられます。
さらに実験3では、法律を作った政府が、国民の意思を反映する民主的な政府なのか、それとも国民が法律制定に関われない全体主義の政府なのかを変えました。
それでも、どちらの場合も違法とされた行為の方がより悪く、行為者もより道徳性の低い人物だと評価されました。
実験4では、「現地住民の多数がその行為を社会的に受け入れているか」という情報も加えています。
その結果、社会的に受け入れられていない行為ほど悪く評価されましたが、実験全体では違法性による影響も確認されました。
ただし、法律と社会規範の一致・不一致に注目した分析では、「違法で、住民からも否定されている」といったように両者が同じ方向を向く場合に法律の影響が強まりました。
一方、「違法だが住民には受け入れられている」など両者が食い違う場合には、違法かどうかによる差は有意ではありませんでした。
研究者らは、法律が善悪を素早く判断するための「手がかり」として使われている可能性を考えています。
判断に迷う行為でも、「法律で禁止されているなら、何か問題があるのだろう」と考えれば、複雑な検討をせずに評価できるからです。
実際、4つの実験のうち3つでは、「権威を尊重することは道徳的に重要だ」と考える人ほど、違法かどうかによる評価の差が大きくなる傾向も確認されました。
ただし、今回の実験はすべてカナダの参加者を対象としており、実験1から3では大学生が中心でした。
そのため、日本など異なる文化や法制度を持つ社会でも同じ傾向が見られるかは、今後の検証が必要です。
それでも今回の研究は、法律が人の行動を外側から縛るだけでなく、「これは善いのか、悪いのか」を判断するときの材料として、私たちの道徳評価そのものに入り込んでいる可能性を示しています。

































