なぜ子を水面へ持ち上げなかったの?

ハクジラの仲間では、母親が死んだ子を水面へ持ち上げる姿が報告されています。
ザトウクジラでも、ふつうのお産では、すぐあとに母が子を鼻先や背中にのせて支え、子が息をできるようにする様子が記録されています。
ところが今回の母クジラは、子を水面へ運ぼうとする様子を見せませんでした。
子のそばにはいたけれど、寄り添っていたのは水面の下だったのです。
研究者たちは、母が産んでまもなく、子が死んでいることに気づいていたのかもしれない、と考えています。
これは「かもしれない」という見方で、母クジラが何を思っていたのかを確かめたわけではありません。
一方で、同じ場所の水面を漂う、尾びれを高く上げて短くもぐる、背中を丸めるといった動きは、ほかの海で記録されたザトウクジラのお産の様子とよく似ていました。
ここで、そばにいたエスコートにも目を向けてみましょう。
ザトウクジラのメスには、長い旅の季節やお産の時期に、エスコートがつきそうことがよくあります。
エスコートは、母を守ったり、仲間として支えたりしているのかもしれません。
弱ったり死んだりした仲間にまわりが反応する様子は、ほかのクジラやイルカの仲間でも記録されています。
脳のつくりにも、手がかりがあります。
ザトウクジラの脳では、「紡錘(ぼうすい)ニューロン」と呼ばれる神経細胞が見つかっています。
これはゾウや霊長類(サルやヒトの仲間)の脳で見つかっているものと似た細胞です。
そのため研究者たちは、ザトウクジラが仲間の様子を細かく感じとったり、気持ちを処理したりする脳のしくみを持っている可能性がある、としています。
今回の母の行動は、子の様子を調べる「確認」のようにも見えます。
けれども母は何度も子に近づこうとしていて、その姿は、けがをした仲間に付き添うときのザトウクジラの行動と似ていました。
研究者たちは、こうした行動が、世話をするような行動や、仲間どうしのつながりが強い哺乳類で見られる死後の付き添いと、よく一致するとしています。
そして母クジラが、子に強い愛着を持っていたことを示している、と結論づけました。
では、この母クジラは、人間と同じように「悲しんで」いたのでしょうか?


























