腸内細菌がマウスの脳を変化させ「不安」にさせる!
近年の研究で、腸内細菌が免疫やエネルギー代謝など、複数の生体機能に影響を与えることがわかっています。
またここ数年で、腸内細菌が人間やマウスの精神活動に影響を与えている可能性も示唆されてきました。
とくに自閉症のヒトやマウスの腸内には、特徴的な腸内細菌叢が形成されており、特定の精神疾患と腸内細菌叢の強い関連性が示されています。
しかし今のところ、どの腸内細菌がどんな物質を使って脳細胞にどのような変化を引き起こしているか、具体性な因果関係の追跡はほとんど行われていません。
腸内細菌がつくる無数の代謝分子と、脳細胞に起きる変化の関係を1対1に結びつけることは、非常に困難だからです。
ですが今回、CITの研究チームは、あえてその困難に挑み、腸内細菌から脳細胞にいたる1本の経路を解き明かすことにしました。
チームは2013年に、自閉症や統合失調症を発症させたマウスでは、腸内細菌が「4‐EPS(4‐エチルフェニルサルフェート)」という小分子を多く生産している事実を突き止めています。
またヒトを対象にした調査では、自閉症スペクトラムの子どもの血液には、通常の子どもより7倍高い血中「4‐EPS」が存在することを発見しました。
そこで今回は、2グループのマウスを用意し、一方のマウスに「4-EPS」を生産するよう遺伝子改変した腸内細菌を与え、対象群と比較。
その結果、4EPSを多く放出する腸内細菌をもったマウスでは、探索行動の減少や隠れている時間の増加など、不安状態を示す行動パターンが増加していたのです。
また不安状態に陥ったマウスの脳を調べてみると、脳の活動パターンや神経の接続パターンが全体的に変化しており、不安と恐怖に関連する脳領域が活性化していることがわかりました。
これは「不安」のような複雑な精神活動が、腸内細菌のつくる小分子「4‐EPS」によって引き起こされていることを示します。
(※4‐EPSの製造過程の一部には、宿主の消化活動も含まれている可能性があります)
さらに「4‐EPS」によって不安状態に陥ったマウスの脳を調べたところ、ニューロンの長い配線の周囲に存在する「絶縁体」部分が薄くなっていることが発見されました。
(※絶縁体に必須なミエリンタンパク質を生成する「オリゴデンドロサイト」と呼ばれる細胞の成熟・分化に異常が起きていました)
「絶縁体」部分が薄くなると、ニューロンの電気信号の送達がスムーズに行われなくなります。
そこでチームは、絶縁体部分を増加させることで知られる薬剤をマウスに投与してみました。
(※オリゴデンドロサイトを成熟させミエリン生産を促進する薬剤:フマル酸クレマスチンを投与)
すると、マウスのニューロンは正常な絶縁体を取り戻し、不安行動も大幅に軽減されました。
つまり、小分子「4‐EPS」によって、脳細胞が変形し、不安が引き起こされているということです。
腸内細菌のつくる特定の物質が脳細胞に引き起こす変化をここまで明確に示した研究はほとんどなく、非常に画期的なものと言えるでしょう。
そしてこの結果は、精神活動が腸内細菌の発する物質によってダイレクトに支配されていることを証明しています。
問題は、このような腸内細菌による脳の支配がヒトでも起きているかです。
そこでチームは人体での臨床試験に臨みました。