ティラノサウルスの知能は霊長類に匹敵する⁈
恐竜の知能を測定するのは、当然ながら簡単なことではありません。
研究者はこれまで、恐竜の知能を示す指標として「脳化指数(encephalization quotient:EQ)」を用いてきました。
これは体重に対して脳がどれだけ重いかで知能レベルを推測するものです。
たとえば、ヒトのEQは7.8であり、警察犬や介助犬としても活躍するシェパードは3.1、対してティラノサウルスのEQは約2.4と算出されています。
しかし、EQが実際の知能と一致するとは言えません。
専門家の中には「多くの動物では、体の大きさと脳の大きさは別々に進化するため、EQが正確な知能を示すとは言い難い」という声もあります。
特に、恐竜のような絶滅した種を対象とする場合は注意が必要です。
そこでアウゼル氏は、より信頼できる指標を求めて「大脳皮質のニューロン密度」に注目しました。
大脳皮質は、大脳の表面に広がるシワシワの部分を指し、ほとんどの知的タスクに関わる重要な脳領域です。
専門家は、脳全体のサイズではなく、大脳皮質にどれだけニューロン(神経細胞)が密に詰まっているかを知ることで、その生物の知能レベルが推測できると考えています。
たとえば、現代の鳥類は脳そのものは非常に小さいですが、ニューロン密度が高いため、極めて高い知能を持っているのです。
小さいながらに非常に賢いことで知られるカラスはその代表的な例であり、ニューロン密度が非常に高いことが報告されています。(JCN,2022)
しかし、恐竜の脳はすでにこの世に存在しないため、ニューロン密度を直接的に測ることはできません。
ところが昨年、別の研究チームが、鳥類および哺乳類の大脳皮質におけるニューロン密度が、爬虫類と比較して非常に高いことを示す大規模データを発表しました(PNAS, 2022)。
現代の鳥類はティラノサウルスを含む絶滅した獣脚類の子孫です。
このことからアウゼル氏は、進化の系統上にある複数のグループのニューロン密度を調べたこの大規模なデータをもとに比較解剖学の手法を用いれば、恐竜の大脳皮質のニューロン密度を推定できるのではないかと考えました。
そこで、この大規模データと恐竜の頭蓋骨をCTスキャンして得た推定脳量を組み合わせて、脳量と大脳皮質のおおよそのニューロン密度を関連づける方程式を作成。
その結果、肉食恐竜のグループである獣脚類の脳は、現代の鳥類の脳とほぼ同じ規則に従っていることが判明しました。
さらに、ブラキオサウルスのような草食の竜脚類の脳は、現代の爬虫類にかなり似ていることが示されています。
次にアウゼル氏は、この方程式をもとに様々な恐竜種におけるニューロン密度を算出。
すると、約7000万年前に今日のモンゴルに生息していた肉食恐竜のアリオラムスは、大脳皮質に10億個を超えるニューロンを持っており、現生のオマキザルと同等であることが分かりました。
オマキザルは丸い適切な形と強度を持った石を選び出して、ナッツを割るのに使用することが知られており、道具を使うことが可能な知性を持っています。
そして、ティラノサウルスは脳の重さが3分の1キロ強しかないにもかかわらず、ニューロン数は33億個と推定され、現代のヒヒに匹敵することが明らかになったのです。
(ちなみに、ヒトの大脳皮質のニューロン数は約160億、チンパンジーは約80億、ニホンザルは約50億)
この点から、ティラノサウルスは強靭な肉体だけでなく、ヒヒ並みの知能を持っていた可能性が支持されました。
またアウゼル氏は、新たに判明したニューロン密度の推定値と先行研究の生態に関する知見を組み合わせることで、ティラノサウルスが性的に成熟するまでに4〜5年かかり、最大49歳まで生きることができたと予測しています。
これも現代のヒヒと一致する数字です。
以上の結果が正しければ、「肉食恐竜の一部は、カラスが棒を使って昆虫をほじくり出すように、何らかの道具を使っていた可能性がある」と同氏は指摘します。
ただし今回の主張を裏付けるには、もっと多くの物的証拠が必要であるのは確かです。
たとえ大脳皮質のニューロン密度が推定できたとしても、恐竜の知能のすべてを語ることはできません。
なぜなら実際に表現される賢さにはニューロンの数だけでなく、その接続の仕方など、大脳生理学のあらゆる側面が関係するからです。
それでもアウゼル氏は、この知見が恐竜の賢さをよりよく理解するための大きな一歩となることに期待しています。
「こうした研究分野は、ティラノサウルスのような驚くべき生物に何が可能で、何が不可能だったかについて私たちに多くのことを教えてくれるでしょう」