科学論文をダンスで表現するコンテストで優勝したのは、「ナノ材料を扱った研究」
科学論文の内容をダンスで表現するコンテスト「Dance Your Ph.D.」は、アメリカ科学振興協会(AAAS)などをスポンサーとして、2008年から開催されている一風変わった学会です。
「複雑な理論をダンスで説明する」というなんとも不思議なイベントですが、意外にも人々からは好まれているようです。
実際、当初は毎年開催する予定ではありませんでした。
ところが「次のダンスコンテストはいつですか?」という声が世界中から寄せられ、今では毎年恒例のイベントに発展。
そして15回目となる「Dance Your Ph.D. 2023」には、12カ国から28作品もの応募がありました。
生物学、化学、物理学、社会科学の4つのカテゴリーに分かれており、それぞれの優勝者には500ドル(6万7000円)、そして総合優勝者には2000ドル(26万6000円)が贈られます。
今回の化学部門と総合部門で優勝したのは、オレゴン大学の化学者チェッカーズ・マーシャル氏でした。
彼女が執筆した論文「Nanoparticles of Metal-Organic Frameworks: A General Synthetic Method and Size-Dependent Properties」は、金属有機構造体(MOF)について扱った研究です。
MOFとは多孔質の材料であり、スポンジのような役割を果たします。
そしてこの特性によって、二酸化炭素などの気体を取り込むことができるのです。
もしMOFを小さくし、なおかつ効果を高められるなら、水のろ過や神経剤の無害化などに役立つはずです。
マーシャル氏は、これを実現するために研究の中で、結晶の成長を止めるために別の分子を加えたり、構造体を電子が自由に流れるよう電子を取り去ったりしました。
Dance Your Ph.D.に提出されたビデオには、上記の内容を音楽とダンス、詩で表現しています。
ビデオの主役であるナノMOFは、収縮・拡張するボールのおもちゃ「ホバーマンスフィア」で表現されています。
そして金属イオン間の電子交換を表すために、友人と協力して扇子を投げて交換しています。
こうしたダンスビデオが作成できるのは、マーシャル氏が長年ビデオ制作やジャグリングなどに携わってきたからです。
(披露されたダンスの詳細は下記の動画を参照)
さらにマーシャル氏は、詩を朗読してその内容とパフォーマンスの優劣を競う「ポエトリー・スラム」を楽しんできました。
こうした経験は、ダンスに合わせた曲を作ったり、かっこよく韻を踏んだりするのに役立ったようです。
しかもマーシャル氏は、論文を書きながら、同時にコンテストのためのビデオ制作にも取り組んでいたそうです。
彼女によると、「ビデオ制作と論文の執筆は、ほぼ同程度の労力だった」とのこと。
自分の研究と同等の熱意をもってビデオ制作に取り組んだのです。
彼女の溢れる熱意は審査員の目にも明らかでした。
ある審査員は、「マーシャル氏のダンスには他の作品よりも多くの表現が見られ、感銘を受けた」と述べています。
さらに別の審査員は、「多くのダンスビデオを見ましたが、特に目を引いたのは、自分の仕事に情熱を注いでいる科学者の作品でした」と述べ、マーシャル氏が持つ科学者としての情熱を称賛しました。
科学論文をダンスで表現するDance Your Ph.D. は、一見不思議なコンテストに思えるでしょう。
しかし実は、科学の楽しさや科学者の情熱を表す有意義な取り組みだったのです。
ちなみに、生物学部門では国立アマゾン研究所(INPA)のイスラエル・サンパイオ・フィーオ氏、物理学部門ではスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のエフゲニー・グルシコフ氏、社会科学部門では、ストーニーブルック大学(Stony Brook University)のホイ・ヴ氏の作品がそれぞれ優勝しました。以下に紹介します。
・生物学部門優勝 イスラエル・サンパイオ・フィーオ氏「Leaf abscisic acid (ABA) biosynthesis: the main source of Amazon rainforest response to warming」
・物理学部門優勝 エフゲニー・グルシコフ氏「Exploring optically active defects in wide-bandgap materials using fluorescence microscopy」
・社会科学部門優勝 ホイ・ヴ氏「Artificial Intelligence with Personality」
科学者を難しいことばかり考えている人と捉えているならそれは大きな間違いです。
彼らは少しでも自分の研究について知ってもらい、その意義を理解して、自分たちの発見した驚きを共有したいと考えています。
こうしたユーモアあふれる研究者たちの取り組みは、私たちに科学と触れあう新しいきっかけを作ってくれるでしょう。