唇のないワニに近いか、唇があるオオトカゲに近いか?
実は古生物学者の間では以前から「ティラノサウルスが唇を持っていた可能性」について検討されていました。
ティラノサウルスを含む肉食の獣脚類は、唇がなく歯が常に剥き出しのワニに似ているのか、それとも大きな歯がウロコ状の唇に覆われていて見えないオオトカゲに似ているのか、議論が交わされていたのです。
この謎に決着をつけるべく、研究チームは獣脚類の化石と絶滅および現生する爬虫類(ワニとトカゲ)の化石を比較分析することにしました。
まず、それぞれの種の上顎がどれだけ似ているかを知るため、上顎の歯の付け根付近に見られる「骨の穴」を調べています。
この穴は口の周りの軟部組織に血管や神経を送るためのものです。
その結果、ワニ類では穴が上顎に広く点在していたのに対し、トカゲ類と獣脚類では歯の付け根に剃ってきれいに一列に並んでいました。
この点から、獣脚類はワニ類よりトカゲに近い上顎をしていたことが伺えます。
唇に覆われていると歯が乾燥せず丈夫になる!
次に、ティラノサウルスの近縁種でやや小型の「ダスプレトサウルス」の歯を用いて、ワニ類およびトカゲ類と比較しました。
するとワニ類の歯のエナメル質は摩耗が激しかったのに対し、ダスプレトサウルスとトカゲ類ではエナメル質の摩耗がなく、非常に滑らかだったのです。
研究主任のマーク・ウィットン(Mark Witton)氏は、歯のエナメル質は乾燥すると摩耗しやすくなると説明します。
トカゲ類の歯は唇に覆われていることで水分が保たれ、丈夫で健康な歯を維持しています。
ところがワニの歯は唇がなく常に露出しているせいで乾燥がひどく、摩耗も激しくなっていました(特に口内側より表面側がより摩耗していた)。
ウィットン氏によると、ワニ類の歯は実際、水分が保たれにくいために丈夫さに欠け、折れやすいという。
そのため、ワニ類の歯は折れたり抜けたりすると、次の歯が生えてくる仕組みになっており、一生の間に20回以上、合計で2000本の歯が生え変わると言われています。
そしてダスプレトサウルスの歯に摩耗が見られなかったことは、トカゲ類と同じく「唇」に覆われていた可能性を示唆するものです。
唇があることで歯の水分が保たれて頑丈になるのなら、捕食者である獣脚類には大きなメリットでしょう。
歯を覆えるサイズの「唇」を持つことはできたか?
さらにチームは、獣脚類に唇があったと仮定して、上下一対の唇が恐竜の大きな歯を覆うことができたかどうかを検証。
ティラノサウルスとオオトカゲのそれぞれで、歯冠(歯茎からでている部分)の高さ・顎の長さ・頭蓋骨の大きさの比率を調べました。
その結果、両者の各部位の比率はほぼ一致しており、このことから獣脚類もオオトカゲと同様に歯を覆えるサイズの唇を持つことができたと結論されています。
これを受けて、同チームのトーマス・カレン(Thomas Cullen)氏は「ティラノサウルスの歯は顎の先端から伸びた皮膚とウロコの唇に覆われ、歯が露出しないようになっていたのでしょう」と話しています。
しかしティラノサウルスに唇があったとして、それがどの程度の大きさだったのか、本当に歯を覆えるほどの幅があったのかなど、正確なことは分かりません。
唇は軟部組織ですから、骨と違って化石を見つけるのも極めて困難です。
本研究には参加していない英エディンバラ大学(University of Edinburgh)の古生物学者スティーブ・ブルサット(Steve Brusatte)氏は「ティラノサウルスの唇の問題についてはここ数年で多くの議論がなされてきましたが、この研究はとても良い論証をしている」と指摘。
その上で「ティラノサウルスが現在のオオトカゲと同じような唇を持っていたかどうかは断定できず、この行き詰まりを解決するには更なる化石記録を調べるしかありません」と述べています。
もしティラノサウルスに唇があれば、見た目の怖さは目減りするかもしれませんが、歯の丈夫さはパワーアップするので、より強靭な噛みつきができた可能性があるでしょう。