「注射1本」遺伝子治療で猫の避妊を実現!安全なウイルスで生涯不妊化も視野
現在、地球上にいる犬と猫の数はおよそ15億匹と言われおり、その半数近くが野良で生活していると考えられています。
特に猫の問題は深刻で、毎年200億匹もの小動物が猫の狩りの犠牲になっており、多くの希少種が危険にさらされています。
野良猫が増える要因の1つは、放し飼いにされているメスの飼い猫が外で子供を作ってしまうことであり、これを防ぐためにはメスネコの飼い主は、ネコに卵巣摘出手術を行う必要があります。
しかし、こうした手術は費用がかかり、またネコ自身にも負担となります。
そこで今回、シンシナティー動植物園の研究者たちは、たった1回の注射で少なくとも2年以上、猫を避妊できる「安全なウイルスを使った遺伝子治療法」を開発しました。
開発のきっかけとなったのは、がん治療研究でした。
研究者たちは当初、卵巣がんの治療法にあるホルモン(抗ミュラー管ホルモン:AMH)を使用する方法を探していました。
すると、このホルモン(AMH)を注射されたメスマウスは卵巣サイズが新生児サイズまで縮小し、排卵はできても妊娠できなくなっていることが判明します。
(※AMHには妊娠に必須な卵胞の成熟を妨げる効果もありました)
卵巣を縮小させ妊娠できなくなるAMHは、がん治療に使うにはイマイチでしたが、「お手軽に避妊を達成する」という点では極めて優秀なものでした。
もし同じ効果が猫や人間など他の哺乳類にも起こるならば、避妊法に革命を起こすことができます。
ただAMHは基本的にホルモン(タンパク質)であるため体内で分解されやすく、継続的な避妊効果を得るには繰り返しの注射が必要です。
そこで研究者たちはAMHの設計図となる遺伝子を切り出して、遺伝子治療でよく使われている無害なウイルス(アデノ随伴ウイルス:AAV9)の中に組み込むことにしました。
このウイルスには自分の運んでいる遺伝子を感染した細胞に送り込む性質があるため、あらかじめウイルス遺伝子にAMHの遺伝子を組み込んでおけば、ウイルスが感染した細胞に継続的にAMHを生産させることが可能になります。
外部から遺伝子を導入して、ホルモンなど目的とするタンパク質を患者自身の細胞に作らせる方法は遺伝子治療の典型的な方法となっています。
AMHの遺伝子を組み込んだ「避妊ウイルス」が完成すると、研究者たちは6匹の雌猫の筋肉組織に注射し、その後長期間に渡り雌猫の妊娠能力を追跡しました。
この追跡過程には数か月間に渡り、毎日雄猫と4時間合わせる過程が含まれていました。
この頻度で雄猫と雌猫が出会う場合、かなりの確率で交尾が行われ、雌猫は妊娠します。
実際、比較のために用意された、避妊ウイルスを注射されていない雌猫たちはこの期間に全員妊娠し健康な子猫を産みました。
しかし避妊ウイルスを注射された雌猫のうち4匹は交尾を行おうとする様子をみせず、残りの2匹は交尾を行ったものの妊娠することがありませんでした。
ウイルスによって猫の体内に送り込まれたAMHの遺伝子が、継続的にAMHを作り続けていたために、雌猫たちの妊娠を長期に渡って防いでいたのです。
また避妊効果の継続期間を調べたところ、最低でも2年間は避妊が持続することが判明。
さらにその後も追跡を続行した一部の雌猫では、4年以上にわたりAMHが常に高いレベルに上昇したままであることが示されました。
研究者たちは今後、野良猫だけでなく野良犬に対しても検証の幅を広げると共に、FDA(食品医薬品局)からの承認を得るための大規模な試験を行っていく、とのこと。
また遺伝子治療による避妊は体質的に既存の避妊薬を服用できない女性に代替手段として提供できる可能性もあります。
もし将来的に注射1本で動物や人間に対して長期間(数年~生涯)の避妊効果が得られるようになれば、繁殖管理や人生計画のよりよいコントロールを実現する手段になるでしょう。
また不妊化遺伝子を極めて感染性が高いウイルスに組み込むことで、殺処分のような暴力的な手段に頼らず、特定の外来種の駆除も可能になるでしょう。
(※オーストラリアでは増えすぎたウサギが大きな環境問題を引き起こしていることが知られており、以前から致死性ウイルスを使った駆除が行われてきました)
もしかしたら未来の動物病院では、ペットたちへのワクチン接種と不妊化ウイルスの摂取がセットになって行われているかもしれませんね。