何千年も前から世界は常に「世も末」だった
「世の中が道徳的に日に日に荒廃していっている」と感じたことはありませんか?
昔は維持されていた親切心や人情、思いやり、誠実さが現代社会ではことごとく踏み荒らされ
「道徳性が高い人が蹴落とされ、道徳を軽視する人間が時とともに増えている」
そう思ったことはないでしょうか?
こうした考えは別に特別なものではなく、調査を行うと人類の中で「圧倒的多数」を占めていることがわかっています。
世界中の同時代に生きる人々が同じように考えているならば、それは真実に違いないと思えるでしょう。
しかし証言の収集範囲を時間軸をさかのぼって過去に伸ばすと、奇妙な現象がみえてきした。
道徳的荒廃の「歴史」は数千年に及ぶ
道徳的荒廃を嘆く声は数多く聞こえてきます。
たとえば「私たちの道徳的衰退は、道徳の基礎地盤の沈下からはじまった。道徳的荒廃は国家や文明の荒廃につながる」という有名な主張もその1つです。
これも一見すると、現代の道徳的荒廃に嘆く政治家や評論家の言葉に思えますが、実は2000年以上前にローマ史を記したリヴィリウスによって記されたものです。
さらに現存する古代の文献を調べてみると、多くの歴史家たちが、彼らの生きていた時代で道徳的荒廃が急激に進行していると書き記されています。
よりわかりやすく言えば、2000年前の古代ローマの歴史家も、1000年前の中世の修道士も、100年前の明治時代の文豪も、そしてもちろん現代の私たちも、誰もが常に「世も末」との結論に至っているのです。
もし彼らの言葉が正しければ、人類は少なくとも文字を使い出した数千年前から今現在に至るまで、回復することなしに道徳性が低下し続けていることになります。
そして理論上、私たちの道徳性は過去のある時点で最高点にあり、数千年間の絶え間ない道徳的堕落を経た現代は、黙示録的な世界となるはずです。
しかし、過去にそんな道徳的ユートピアがあっという話は聞いたことがありません。
また現代社会にも多くの問題があるものの「数千年分の道徳的荒廃が積もった地獄のような世界」というわけでもありません。
そうなると、一種のパラドックスが出現します。
なぜ人々の証言は、こうも現実と乖離しているのでしょうか?
そこで今回、ハーバード大学とコロンビア大学の研究者たちは人々が口にする道徳的荒廃が真実なのか(第1の謎)を確かめるとともに、なぜ「いつの時代も常に世も末」と言われるのか(第2の謎)を調べることにしました。