ストックホルム症候群は本当に病気なのか
ストックホルム症候群は、多くの人々に知られているにもかかわらず、精神障害の専門的なガイドブックである『精神障害の診断と統計マニュアル』(DSM)には記載されていません。このマニュアルは、世界中の医療専門家が参照するもので、非常に重要な役割を果たしています。
ここに記載がないということは、ストックホルム症候群は正式な病気として診断するためのガイドラインが存在しないことを意味します。
ジェス・ヒルというジャーナリストは著書『See What You Made Me Do』の中で、この症候群の起源を詳しく調査しています。
ヒルによれば、ストックホルム症候群の名付け親であるベジェロット医師は、実際の診断や研究の根拠なく、外部からの観察だけでこの症候群を定義したとされています。
そのため、被害者が犯人に同情する行動を取ることが、症候群のせいであるという単純な解釈が生まれたのです。
カナダのセラピスト、アラン・ウェイド博士はストックホルム症候群の存在自体を疑問視しており、この症候群はクリスティン・エンマークの心理に基づくものではなく、彼女の声を封殺するためのものであると主張しています。
この事件では、序盤から警察が失態を演じており、また立てこもりの長期化に対してかなり強引な方法で解決を図っています。
そうした警察の失態やずさんな対応を批判した被害者の声が、「ストックホルム症候群」という病気によって起きた一種の錯乱という扱いにされてしまったというのです。
世間が求めていたのは、事件解決のために警察に協力的で、解決後は感謝の意を示す被害者です。
そのため警察を信じず、批判的な行動をとったクリスティンは狂気の沙汰だと考えられたのです。
しかしクリスティン自身は事件から数十年が経過した現在も、当時の自分が何も悪いことはしていないと認識し、自らの行動に誇りを持っています。
確かに被害者が自身の安全を確保するために、犯人をなるべく刺激しないように行動しようというのは当然だと考えられます。
これを精神的な錯乱として扱い、事件に対する警察のずさんな対応への批判を封殺しようとしたのだとしたら大きな問題でしょう。
最後に
ストックホルム症候群は、興味深い心理現象として多くの人々の関心を引きつけています。
この症候群が注目される背景には、人々の心の中での葛藤や、危機的状況下での人間関係の複雑さが見られます。
それは直感的にも理解できる心理であるため注目されているのでしょうが、「ストックホルム症候群」自体の具体的な定義や起源は非常に曖昧です。
またその後に報告されている、この症状に対する研究の質や量に関しても問題が指摘されています。
このようなことを踏まえると、ストックホルム症候群という言葉が使用される際は、それがどんな文脈で使われているのか注意を払う必要があるでしょう。