交尾の時期になると目と脳を生やして泳ぎ去る尻尾の秘密を解明
交尾の時期になると目と脳を生やして泳ぎ去る尻尾の秘密を解明 / Credit:Canva . 川勝康弘
biology

「目と脳を生やした生殖器官」が身体からちぎれて交尾相手を探しに行く驚きの生物

2023.11.27 Monday

大事なものを盗んでいきました。

日本の東京大学で行われた研究によって、尻尾部分が交尾のためにちぎれて泳ぎ去る奇妙な生物「ミドリシリス」の秘密が明らかになりました。

尻尾部分は体内に精子や卵子を満載しているだけでなく、分離にあたっては本体とは別の、独自の「目」と「脳」を芽生えさせた「1個体」として泳ぎ始めます。

人間で例えるならば、下半身に新たな目と脳が形成されて分離し「交尾相手を探しに旅に出る状態」と言えるでしょう。

いったいどんな仕組みでミドリシリスはこの驚異的な生殖システムを構築しているのでしょうか?

研究内容の詳細は2023年11月22日に『Scientific Reports』にて「日本のミドリシリスの芽体形成に関する形態学的、組織学的、および遺伝子発現解析(Morphological, histological and gene-expression analyses on stolonization in the Japanese Green Syllid, Megasyllis nipponica (Annelida, Syllidae))」とのタイトルで公開されています。

環形動物ミドリシリスの特異な繁殖様式 https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/10089/
Morphological, histological and gene-expression analyses on stolonization in the Japanese Green Syllid, Megasyllis nipponica (Annelida, Syllidae) https://www.nature.com/articles/s41598-023-46358-8

目と脳を生やして泳ぎ去る「生殖器」

交尾の時期になると目と脳を生やして泳ぎ去る尻尾の秘密を解明
交尾の時期になると目と脳を生やして泳ぎ去る尻尾の秘密を解明 / Credit:Canva . 川勝康弘

海の中には、地上の生物とはまるで異なる、驚異的な進化を遂げた生物がひっそりと息づいています。

しかしゴカイやミミズなどの感情動物に属するミドリシリスの繁殖形態は特に異様です。

日本近海に生息するミドリシリスたちは交尾の時期になって体の後方で精巣や卵巣が発達してくると、その部分の前方部分に独自の目や触覚、脳が形成され、本体から分離して新たな1個体(ストロン)となって泳ぎ去っていきます。

交尾の時期になると目と脳を生やして泳ぎ去る尻尾の秘密を解明
交尾の時期になると目と脳を生やして泳ぎ去る尻尾の秘密を解明 / Credit:Canva . 川勝康弘

そして同じように本体から分離した異性と出会うと交尾(産卵と射精)を行います。

このストロンには本体のような栄養摂取を目的とした口や消化管は未発達であり、文字通り交尾をするためだけに存在していると言えます。

これまで多くの多細胞動物の研究が行われてきましたが、交尾のためだけに新たな頭部を生成させる生物は知られていません。

交尾の時期になると目と脳を生やして泳ぎ去る尻尾の秘密を解明
交尾の時期になると目と脳を生やして泳ぎ去る尻尾の秘密を解明 / Credit:Canva . 川勝康弘

そこで今回、東京大学の研究者たちは実験室内でのミドリシリスの飼育を行う環境を整備し、ミドリシリスの秘密に迫ることにしました。

調査にあたってはまず、ミドリシリスの尾部に頭部ができて尾部が分離するまでの一連の過程の視覚的な観察が行われました。

するとストロン分離には下の図のように6つのステージにわかれており、生殖腺の発達にともない頭部の形成が始まり、目や感覚器官だけでなく神経組織の集中がみられるようになり、尾部が分離する頃になると頭部に新たな「脳」が形成されました。

交尾の時期になると目と脳を生やして泳ぎ去る尻尾の秘密を解明
交尾の時期になると目と脳を生やして泳ぎ去る尻尾の秘密を解明 / Cresit:東京大学 . 環形動物ミドリシリスの特異な繁殖様式

また注目すべきことに、分離した尾部には消化管の痕跡のようなものはみられましたが、頭部には摂食を行うための機能的な口も咽頭も存在していませんでした。

本体から分離された尾部は、よく発達した筋肉系を備えており、感覚器官を使って交尾相手となる「異性の尾部」のフェロモンを感知することが可能です。

尾部の脳の基本的な構造は本体の脳と共通となっていましたが脳体積は本体よりも小さくなっていました。

また本体のような脳からつきでた触覚器官をはじめとしたいくつかのセンサーも尾部には存在しませんでした。

交尾の時期になると目と脳を生やして泳ぎ去る尻尾の秘密を解明
交尾の時期になると目と脳を生やして泳ぎ去る尻尾の秘密を解明 / Credit:Mayuko Nakamura et al . Morphological, histological and gene-expression analyses on stolonization in the Japanese Green Syllid, Megasyllis nipponica (Annelida, Syllidae) . Scientific Reports (2023)

研究者たちは尾部の脳が本体よりも小さいのは、感知すべき情報が少なく、目的が交尾に限定されているからだと述べています。

実際、交尾を終えた尾部たちは、その後短い生涯を終えることになります。(ミドリシリスの交尾はメスの産んだ卵にオスが精子をかけることで受精します)

以上が、主に顕微鏡などを使った視覚的な観察によって得られた結果です。

交尾の時期になると目と脳を生やして泳ぎ去る尻尾の秘密を解明
交尾の時期になると目と脳を生やして泳ぎ去る尻尾の秘密を解明 / Credit:Canva . 川勝康弘

この不思議なミドリシリスの性質について「交尾専門の新たな脳をもった個体を作るより、自分で交尾しに行けばいいだろう」と思う人もいるでしょう。

確かに、地球上に存在するほとんどの動物は本体が交尾を行っています。

しかし、交尾のために危険な外界を移動することは自身の生存においてリスクにも繋がります。

ミドリシリスは交尾を専門の個体を生み出し、それに繁殖活動を任せることで、本体自身は安全な場所に隠れたまま生活を続けることが可能になるのです。

しかもその交尾用の尾部は何度でも再生可能と言うメリットもあります。

そう考えると、ミドリシリスの戦略もなかなかに優れていると言えるでしょう。

ただ視覚的な観察だけでは、どんな仕組みで尾部に頭部が形成されるかまではわかりません。

次ページ新たに頭部形成を指示する遺伝子

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