大量絶滅の原因は「酸素濃度の低下」+「硫化水素」だったのかもしれない
カンブリア紀(約5億4200万年前~約4億8830万年前)は、地球上に生命が満ち溢れた時代として知られています。
そして、約5億4200万年~5億3000万年前の比較的短い期間に、今日見られる動物門(生物を分類する基本的分類階級のひとつ)がすべて出そろったとも言われています。
これが「カンブリア爆発」と呼ばれる現象です。
実際、カンブリア紀の地層からは、各種サンゴや貝類、腕足類、三葉虫などの化石が発見されており、当時、様々な海洋生物が存在していたことを示しています。
ところが、それからわずか数千万年後に、それら海洋生物の45%が絶滅してしまいました。
これは地球上で起きた5度の大規模な大量絶滅(いわゆるビッグ5)には含まれていませんが、地球で最初に起こった大量絶滅イベントだと考えられています。
では地球最初の大量絶滅の原因とは何だったのでしょうか?
チャン氏は、「長年、大量絶滅の主な原因は、海洋の酸素濃度の低下だと考えられてきた」と述べています。
海洋の酸素濃度低下の原因については、カンブリア爆発に伴って海洋生物の死骸も増えるようになり、それらを微生物が分解する際に大量に酸素が消費されたという説や、大規模な火山活動、地球温暖化、海洋環境の変化など複数の要因が複合的に作用した可能性などが論じられています。
ところが、チャン氏ら研究チームは、かつて水中にあった中国南部の高原地帯にて大量絶滅に関する新たな手掛かりを発見しました。
彼らは、カンブリア紀の大量絶滅が生じたころの堆積物を調べ、そこに化学元素の1つであり、銀白色の金属である「モリブデン(記号Mo 原子番号42)」が高濃度で含まれているのを発見したのです。
チャン氏によると、「モリブデンは硫黄と結合して不溶性の化合物を形成し、それが堆積物に沈着する」と説明します。
このことは海中に硫化水素が存在していたことを示唆しており、特に硫化水素の濃度が高い場合に生じます。
つまり、堆積物に見られるモリブデン濃度が高ければ高いほど、当時の海中に含まれる硫化水素の量も多かったと言えるのです。
硫化水素と言えば、水溶性の有毒なガスとして有名です。
そして水中で硫化水素イオンとして存在し、非常に低い濃度でも水生生物を死滅させることで知られています。
加えて研究チームは、モリブデンは海洋中での滞留時間が非常に長いことから、中国のサンプルに見られたモリブデンの濃度は海全体の平均を示すとも考えています。
つまり、硫化水素の発生は当時の世界全体で生じた可能性があります。
カンブリア紀の大量絶滅には、酸素濃度の低下だけでなく、有毒ガスである硫化水素が関わっていたかもしれないのです。
では、どうして当時の海中に高濃度の硫化水素が存在するようになったのでしょうか?
チャン氏は、「現段階で、原因を明確に答えられる人は誰もいません」と前置きしつつ、1つの説を提唱しています。
彼によると、まず大量の海洋生物が発生したことで、多くの死骸が海底に蓄積しました。
そして、その死骸を微生物が分解する際に酸素が消費され、酸素濃度が低下しました。
加えて、硫酸還元菌などは、酸素がない状態で有機物を分解し、硫酸塩(海水中に自然に発生する)を硫化水素に変換する性質を持っています。
つまり、酸素濃度が低い状態で活発になる微生物が、硫化水素を生み出し、海洋生物の死滅を加速させたというのです。
この考えは、これまで受け入れられてきた「酸素濃度の低下」説に、もう1つの要素と説得力を加えるものとなります。
当時の海洋生物たちを襲ったのが、低酸素と有毒ガスのコンビネーションだったと考えると、45%もの生物が死から逃げきれなかったとしても不思議ではありませんね。