虫歯や歯周病に苦しんでいた証拠を発見
本研究の舞台となるのは、スウェーデン南部の港湾都市・イェーテボリにあるハズビー・クレフ(Huseby Klev)遺跡です。
この遺跡は1990年代に発掘され、これまでに約1850個の火打石断片と115個のガムが出土しています。
当時のガムはカバノキから得られた樹脂をかためて作られたものです。
その目的は今日のガムと同じようにクチャクチャ噛んで食感を楽しむ娯楽目的から、カバノキの薬効成分をもとにした医療目的、それから樹脂ガムを噛んで柔らかくし、石器を作るときの接着剤にしていたことが分かっています。
研究チームは今回の調査対象として歯形がよく残されている3つのガム遺物を選びました。
年代測定の結果、これら3つのガムは約9540〜9890年前のものであることが特定され、また歯のサイズや歯形の摩耗痕跡などから、ガムを噛んでいたのは12〜14歳の少年少女であると推定されています。
さらにチームは少年少女の口腔内の健康状態を明らかにするため、ガムから採取された微生物のDNA痕跡を分析し、それを現代人の口腔内に見られる微生物と比較。
同時にどんな微生物種、植物種、動物種のDNAが含まれているかをプロファイリングしました。
その結果、一般に虫歯の原因菌とされる「ソブリヌス菌(Streptococcus sobrinus)」や「パラスカルドビア・デンティコレンス(Parascardovia denticolens)」、そして歯周病と関連づけられる「トレポネーマ・デンティコラ(Treponema denticola)」「口腔連鎖球菌(Streptococcus anginosus)」「スラッキア・エキシグア(Slackia exigua)」などが確認されたのです。
チームはガムに見られる細菌の存在量がかなり多いことから、機械学習モデルを用いて、少年少女が属していた狩猟採集グループの70~80%の人々が歯周病に罹患していた可能性があると推定しました。
当時の人々にとって口腔内の問題はなかなか深刻だったと見られます。
何でも歯で噛んでしまうことが原因?
その一方で、当時の人々はかなり多様な食材を口にしていたことも判明しました。
例えば、ヘーゼルナッツやリンゴ、ヤドリギなどの植物から、マガモ、キンクロハジロ、ヨーロッパコマドリなどの鳥類、ブラウントラウトやセイヨウカサガイといった魚介類のDNAが見つかっています。
またガムから採取されたDNAの中には、シカやアカギツネ、ハイイロオオカミなど哺乳類の痕跡もありました。
その一部は食肉として消費されたと考えられますが、キツネやオオカミに関しては、その毛皮をのちに繊維品として利用するために、歯でガジガジ噛んでなめしていた可能性があると指摘されています。
本研究の成果は、約1万年前の中石器時代におけるスカンディナヴィアの人々が予期されていた以上に、口腔内が不健康だったことを浮き彫りにするものです。
このように高度な文明が発達する以前の狩猟採集社会では、食材を切ったり、引き裂いたり、加工するための便利な道具に乏しく、歯を用いる機会が非常に多かったと予想できます。
当時の人々は歯を色々な用途に使っていたせいで、虫歯や歯周病の原因となるような細菌と接触するリスクが増大しやすかったのだろうと研究者らは指摘しました。
1万年前のティーンエイジャーは食後に口内をスッキリさせたり、歯をできるだけ健康に保つために、カバノキ樹脂のチューイングガムを噛んでいたのかもしれません。