人類の視覚は動物の中でも最高クラス
あまり知られていませんが、人間は動物界でも最高レベルの視覚を有しています。
約600種の昆虫、鳥、哺乳類、魚、その他の動物の視力を比較した2018年の研究では人間の視力が外れ値と言えるほど高い値であることが示されています。
人間の視力は猫の7倍、ネズミや金魚の40~60倍、ハエや蚊の数百倍に及んでいます。
さらに人間は色覚においてほとんどの哺乳類よりも優れており、何百万色もの色を見分けることが可能です。
この優れた色覚能力は青(S錐体)・緑(M錐体)・赤(L錐体)を感知する3種類の色覚細胞によってもたらされています。
それぞれの色覚細胞には得意とする色の波長があり、それぞれの反応の強さのミックスによって私たちの脳は多様な色を認識することになります。
一方、イヌの場合には、青と黄色の2種類の色覚細胞しか存在しないため赤と緑を正確に認識することはできません。
またこれまでの研究により、3種類の色覚は、元々1種類だった色覚遺伝子が変異によって重複し、それぞれが異なる青・緑・赤に反応するように進化したことが示されています。
このように、色覚については多くの研究がなされており、生物学の教科書にも多くの記述がみられます。
しかし意外なことに、緑を担当するM錐体と赤を担当するL錐体がどのようなメカニズムで決定されるかといった、基本的な事実は未解明のままでした。
さらにそれぞれの錐体で色を検知するタンパク質(オプシン)の構造やmRNAの構造が非常に良く似ているため、M錐体とL錐体をこれらの要素から区別することも技術的に困難となっていました。
そこで今回ジョンズ・ホプキンス大学の研究者たちは、Mオプシン(緑担当)のmRNAとLオプシン(赤担当)のmRNAを視覚的に区別できる技術を開発し、M錐体とL錐体がどのようなメカニズムで生成されるかを調べることにしました。
調査にあたってはまず網膜のオルガノイドが作成されました。
オルガノイドとは幹細胞を分化させることで、試験管内部で作られたミニチュアの臓器のことです。
たとえば脳オルガノイドの場合、幹細胞を変化させることで、人間の脳を模倣するミニチュア脳を人工的に培養します。
ただこの網膜オルガノイドはまだ未熟であり、色覚細胞(錐体細胞)は十分に育っていません。
そこで研究者たちはこの網膜オルガノイドがどんな刺激によってM錐体(緑)とL錐体(赤)が生成されるかを調べました。
結果、網膜では先にM錐体が生成されて、その後にL錐体が生成されることが判明。
発生過程は進化を再現するという法則が当てはまるならば、私たちの先祖は赤より緑を先に検知するようになったと考えられます。
さらに60日目までにビタミンAの誘導体(ビタミンA由来)として知られるレチノイン酸と呼ばれる化合物が加わると、M錐体の生成が促進され、L錐体の生成が抑制されることが示されました。
これまで緑担当のM錐体とL錐体はランダムに決定されると考えられていましたが、実際にはレチノイン酸によって比率が制御されていたのです。
(※ランダムの場合、M錐体とL錐体の数はおおむね半々となり個人差も少なくなると考えられます。)
しかしランダムでない場合、M錐体とL錐体の比率は個人によって大きくバラつく可能性があります。
もし個人間でM錐体とL錐体の比率が10倍以上違うといったことが起こる場合、同じ色を見ていても、個人間で脳に伝達される緑と赤の刺激も大きく異なる…つまり「私の赤」と「あなたの赤」が違う色になる可能性がでてきます。