T細胞を改造して老化細胞を攻撃させる
私たちの体は、時間とともに老化します。
老化細胞は、人体の老化に伴って再生を停止した細胞であり、加齢に伴う健康低下の主な原因と考えられています。
老化細胞は、もはや分裂せず、炎症を引き起こす物質(老化関連分泌表現型:SASP)などを放出することが特徴です。
若い人の体ではそれらの物質を探知することで直ぐに老化細胞が除去され、組織の恒常性の回復を促進することができます。
しかし、年齢を重ねるにつれて生成と除去のバランスが崩れて老化細胞が蓄積し、慢性的な炎症など加齢に関連したさまざまな組織病変を引き起こします。
肌のツヤがなくなったり消化器官の能力が落ちてくるのは、環境の影響でDNAが劣化するだけでなく、体全体で老化細胞の占める割合が増加しているのも原因となっています。
人間社会で例えるならば、会社の中にあまり働かない老害が増えてくると、組織全体が活力を失っていく状態と言えるでしょう。
高齢者の中にも若々しい細胞は存在しますが、老化細胞があるせいで若々しい細胞が十分に増えることができません。
活発でない老化細胞の割合が増えてくると、お肌は張りとツヤがなくなり、臓器では機能が低下して、若さを失っていきます。
(※老化細胞になることには、実はがん細胞にさせないという大きなメリットも存在します。再び人間社会でたとえるなら、反社会のテロリスト(がん細胞)になるくらいだったら役立たず(老化細胞)にしてしまったほうが被害が少ない……といった感じでしょう)
この問題に取り組むために、近年では「老化細胞破壊治療法」というアプローチがなされています。
これはその名の通り、老化細胞に存在する特定の分子を目印にして、老化細胞を取り除くというものです。
従来の多くの治療は、繰り返し投与が必要な小分子薬の開発に注力していました。
ただ老化細胞は全身に広がっているため、健康な組織を傷つけることなく老化細胞だけを破壊するのは非常に困難です。
これまで数々の動物実験において抗老化薬の候補が発見されてきましたが、多くは長期間に渡り繰り返し接種する必要があるため、アンチエイジング療法としては敷居が高くなっていました。
そこで今回、コールド スプリング ハーバー研究所の研究者たちは、身体自身のT細胞を、周囲の健康な組織を無傷のまま残しながら老化細胞を殺すように特別にプログラムできるのではないかと考えました。
(※改造されたT細胞は白血病などの治療に使われるCART細胞の概念を流用しています)
例えるならば、体内で警官として戦うT細胞に対して老化細胞をウイルスや病原菌と同じように異物して認識する訓練を行う方法と言えます。
といっても、訓練を行うには若い細胞と老化細胞を見分ける手段が必要です。
そこで目をつけたのが細胞表面に存在するuPARタンパク質でした。