進化論ではなかなか理解できない「おばあちゃん」
生き物のあらゆる行動や生活様式は、自分の子孫を残すことに直結しています。
そのため、生き物では死ぬまで繁殖能力を維持したり、一生に一度の出産に全ての力を使い果たしてたくさんの卵を産むといった「子孫をたくさん残す仕組み」が進化しています。
これらの仕組みが進化するということは、自分の子孫を残すうえでプラスにならない行動や生活様式は基本的に進化しないということも意味します。
この考え方に従うと、私たちにとっては当たり前の存在である「おばあちゃん」というのが、非常に不思議な存在であることに気づきます。
生物学的にみたとき、おばあちゃんの最も大きな特徴は、閉経※1しているために「自分の子孫を残すことができない存在である」ということです。
おばあちゃんは子孫を残すことができないにも関わらず、古来よりヒトの社会に存在し、社会的に重要な役割を果たしてきました。
ふつうの生き物ではありえない「子孫を残すことができない存在」である、おばあちゃんが進化している。
この事実に、学者たちは長年にわたり頭を悩ませてきたのです。
※1 閉経は「卵巣の働きが低下し、月経(周期的に起こる子宮からの出血)が永久に停止した状態」と定義され、一部の霊長類やコウモリだけにみられる特殊な現象です。今回の主役であるイルカ・クジラを含む、ほとんどの哺乳類には「月経」に対応する生理現象がないため、哺乳類でみられる単に繁殖が停止する現象は閉経とは呼びません。
ほとんどの哺乳類にはおばあちゃんにあたる存在はいませんが、一部のイルカ・クジラには人間同様におばあちゃんがいます。
おばあちゃんがいるのは、イルカ・クジラのなかでも歯が生えている「ハクジラ」と呼ばれるグループの一部の種です。
ハクジラには水族館でもおなじみのハンドウイルカやシャチといった種類が含まれます。
現在、ハクジラの仲間は約79種とされていますが、このうちの「シャチ」、「コビレゴンドウ」、「オキゴンドウ」、「ベルーガ(シロイルカ)」、「イッカク」の5種にはおばあちゃんがいます。
このハクジラたちが、長年にわたり学者たちを悩ませてきたおばあちゃんの進化の解明に一石を投じることとなります。
おばあちゃんの進化について考える有効な手段は、近縁な生き物同士を対象とし、「おばあちゃんのいる種」と「おばあちゃんのいない種」を比較することです。
そうして、「おばあちゃんのいる種」にのみ共通してみられる特徴をみつけることで、おばあちゃん進化の原動力について論じることができます。
しかし、ヒトに近縁な霊長類において、おばあちゃんの存在が確実である種は、我々ヒトのみであるため、「おばあちゃんのいる種にのみ共通してみられる特徴をみつける」ことが困難です。
一方、ハクジラではおばあちゃんのいる種が5種類確認されており、その比較対象となるおばあちゃんのいない種もたくさんいます。
そのため、ヒトを含む霊長類では不可能であった、比較による「おばあちゃん進化の謎の解明」がハクジラであれば可能です。
そこで、エクセター大学(University of Exeter)のエリス氏(Samuel Ellis)を中心とするチームは18種のハクジラを比較することでおばあちゃんの進化の謎の解明に挑みました。