ミジンコは概日時計を用いて日長を認識し、子供の性を切り換える
研究チームは、ミジンコの概日時計に着目しました。
概日時計とは、ほぼ全ての生物が持つ約24時間周期の体内時計のことです。
そして生物の摂食や繁殖といった振る舞いのリズムは、昼夜の気温差などの環境変化に直接応答しているのではなく、概日時計によって作り出されています。
つまり、「環境変化 → 振る舞い」ではなく、「環境変化 → 概日時計 → 振る舞い」という流れがあるわけです。
さらに概日時計は、日長の認識にも重要であると考えられています。
この点とミジンコの産生の関係を詳しく調べるために、チームは下図のような条件でミジンコを飼育しました。
短日と昼夜の長さは同じにしつつも、概日時計の時刻の12時付近に昼の時間を差し込んで、長日に偽装したのです。
その結果、昼夜の長さは短日と同じでも、長日のようにメスが産生されました。
これは、ミジンコが日長認識に概日時計を利用していることを示唆しています。
研究チームは、この点を証明するため、続いて、「概日時計を破壊したミジンコ」を作出することにしました。
ゲノム編集技術を用いて、概日時計を構成する遺伝子の1つである「period 遺伝子」を破壊した「period ノックアウトミジンコ」を作り出したのです。
実際、このミジンコは、概日時計によって制御される「日周鉛直運動*1」が持続できなくなっており、このことから、世界で初めて「概日時計を破壊したミジンコ」の作出に成功したと言えます。
(*1日周鉛直運動とは、ミジンコが捕食者から逃れるために、池や湖のどれくらいの深さに滞在するかを昼夜の変化に合わせて周期的に変化させる現象のことです)
そして、このperiod ノックアウトミジンコが、日長にどのように応答するか調べたところ、長日でも短日でもメスを産み続けることが明らかになりました。
つまりミジンコたちは、概日時計を用いて短日を認識し、オスを産生していたのです。
また、オスを産む際に体内で働く特定のホルモン「幼若ホルモン」を、period ノックアウトミジンコに暴露したところ、日長に関わらずオスを産生しました。
このことは、period ノックアウトミジンコが、オスを作る能力自体を失っているのではなく、短日でもオスを産むためのホルモンが体内で作られないことを示唆しています。
ミジンコは、エサの減少などの急激な環境変化だけでなく、短日などの安定した季節シグナルを受けた概日時計によって、幼若ホルモンが活性化され、オスを産んでいたのです。
概日時計は、私たち人間にとって重要なものであり、そのリズムが崩れると時差ボケを起こしたり睡眠障害に陥ったりします。
そしてミジンコにおいては、概日時計がオスの産生をもたらしており、種を維持するための非常に重要な役割を担っていたようです。
これらを考えると、生物にとって概日時計がどれほど大切なものか理解を深めることができますね。
ちなみに、研究チームの1人である阿部潮音氏は、実験開始当初、ミジンコのコンディションを維持することが難しく、「私がミジンコを飼育しているのではなく、ミジンコが私を飼育しているのではないか」と錯覚するほどだったそうです。
ミジンコは理科の授業の常連といえる有名な生物ですが、その生態は非常に奥深いものなのです。