「ロンリーガイ(孤独な男)」遺伝子がトゲを生やしていた
植物のトゲはどんな遺伝子変異によってできるのか?
この謎を解明するためコールドスプリングハーバー研究所の研究者たちはジャガイモ、トマト、ナスなどが属するナス属を集中的に調べることにしました。
ナス属は地球上で最も多様な植物であり、そのなかにはトゲを持つ種とそうでない種が散見されるからです。
調査にあたってはまず、近縁のナス属のなかでトゲがある種とトゲのない種を交配させました。
すると子孫はトゲのたくさん生えているものと、そうでないものが出現しました。
次に研究者たちはトゲの生えている子孫と生えていない子孫のDNAを比較し、何が違っているかを調べました。
するとトゲのある子孫では「ロンリーガイ(孤独な男)」という奇妙な名を持つ遺伝子に変異が起きていることが明らかになりました。
「Lonely Guy(孤独な男)」という名前は、「孤独な男」遺伝子が欠損した植物が、芽を出す段階で周りに出遅れて「孤立」してしまうことに由来しています。
この遺伝子が正常に働くと、芽が順調に成長し、周囲の組織と同じタイミングで「一緒」に育つことができます。
しかし、「孤独な男」遺伝子が欠けてしまうと、発芽が遅れ、その植物が周囲の植物に比べて浮いた存在、つまり孤立したように見えます。
この孤立状態にちなんで「Lonely Guy」というユニークな名前が付けられました。
また2種類のナス属の野生種を用いた同様の実験でも、トゲがある子孫が「孤独な男」遺伝子の変異体をもつことが判明します。
さらに研究者たちは20種類の植物についても調査を行い、「孤独な男」遺伝子がトゲの原因であることを発見しました。
たとえばバラの「孤独な男」遺伝子の機能をブロックした場合には、トゲの発達が妨げられ、小さな芽のような存在に変えることに成功しました。
これまでの研究により「孤独な男」遺伝子の起源は、今からおよそ4億年前、地球で最初に乾いた大地に進出したコケ類にまで遡れることができることが知られています。
また先に述べたように「孤独な男」遺伝子は植物にとって極めて重要な遺伝子であり、植物の成長に影響するホルモン(サイトカイニン)を活性化させる役割を担っていることがわかっていました。
多くの人々は、トゲという付属的なパーツの性質から、トゲ生成は専用の遺伝子の役割だと考えていたでしょう。
しかしバラやナスのトゲは、植物にとって重要な遺伝子の1つがトゲ生成の役割を兼任したことにより作られていたのです。
植物たちは長い時間をかけて「孤独な男」遺伝子のさまざまなバリエーションをつくって、一部の植物ではそれをトゲを作るために進化させ、そうでない植物は元通りの植物の成長を助ける役割を担い続けてきたわけです。