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Credit:Marcos L. W. Basso et al . Physical Review Letters (2025)
quantum

観測者が変わればエントロピーの大きさも異なると判明

2025.03.10 21:00:55 Monday

私たちの周りでは、牛乳をコーヒーに垂らすと混ざってしまってもう元に戻らないとか、割れたグラスが自然に元通りにならないといった現象ばかり目にします。

こうした「壊れたものは戻らない」「混ざったものは再び分離しない」という不可逆性こそが、いわゆる「時間の矢」の正体だと広く考えられてきました。

しかし物理の奥深い世界、特に量子力学や相対性理論に目を向けると、「時間を逆に巻き戻しても式が成り立つ」という興味深い性質が見えてきます。

自然の根源的な法則レベルでは時間を逆転させても問題なく動作してしまうのです。

では、なぜ私たちの日常では時間が一方向にしか流れないように感じるのでしょうか。

ここで大きなカギを握るのが、エントロピー(無秩序さ)という概念です。

従来、「誰が測ってもエントロピーは増大し続ける」とされていましたが、最近の理論研究で、新たな可能性が指摘されました。

ブラジルのABC連邦大学(Federal University of ABC)で行われた研究によって「どんな観測者が、どんな場所(時空)で、どんな動きをしながら」見るかによって、量子系のエントロピー増加が変わりうるかもしれないのです。

たとえば地上と山頂、高速で加速するロケットと静止しているラボなどでは、量子世界で生じる無秩序の増え方が微妙に違う可能性がある――そうした理論的示唆が得られてきています。

信じられないかもしれませんが、観測者の位置と動き方を正確に考慮して時空の曲がりを計算すると、エントロピー(無秩序さ)の増え方に差が出る可能性が高まります。

研究内容の詳細は『Physical Review Letters』にて発表されました。

Quantum Detailed Fluctuation Theorem in Curved Spacetimes: The Observer Dependent Nature of Entropy Production https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.050406?_gl=1*m18583*_ga*NDc0MDg5NTkwLjE3MjAzOTI3NTM.*_ga_ZS5V2B2DR1*MTc0MTU4OTU0Ni45MS4xLjE3NDE1ODk4OTQuMC4wLjEyOTUxOTQ5MDQ.

時間の矢もエントロピーも観測者が描くもの

時間の矢もエントロピーも観測者が描くもの
時間の矢もエントロピーも観測者が描くもの / Credit:Canva

一般相対性理論では、重力によって時空そのものが曲げられると考えられます。

ピンと張ったシーツに重いボウリング玉を置いてシーツがたわむ、あのアナロジーですね。

こうした曲がりの影響で、「過去」と「未来」を単純に分けられない状況も出てきます。

すると、そもそも「時間の矢」や「エントロピーが増える」という概念をどう定義すべきなのか、ややこしい問題が生じるのです。

ここで役立つのが、フラクチュエーション定理という理論です。

これは「ごく稀に起こる逆戻り現象も含めて、全体としてエントロピーがどのくらい増大するか」を統計的に導き出す考え方で、量子レベルの小さな系にも適用可能です。

日常感覚では「混ざったコーヒーとミルクが自然に分離する」ようなことは起こりえないと思いがちですが、微小な世界では確率が極端に低いだけでゼロとは言い切れません。

フラクチュエーション定理は、そうした「極めて小さいけれど逆向きに進む」可能性も含めて、不可逆性を正確に評価できる理論的ルールなのです。

ただ、これまでの議論は主に「重力がほとんど効いていない」平坦な時空を想定していました。

アインシュタインが「重力と熱」を結びつけようと試みた歴史は古いものの、量子レベルで徹底的に論じるのは容易ではありません。

そこで今回の研究グループは、Fermi正規座標という手法で、曲がった時空を細かく“実験室”に区切りながら、量子の世界でエントロピーがどう増えていくかを二点測定方式(TPM)で計算できる枠組みを構築しました。

結果として、観測者がどこに立って(どの世界線に沿って)観測するかによって、エントロピー増加の度合いが理論的に異なる可能性が示されたのです。

次ページ重力が曲げるのは空間だけじゃない?量子エントロピーへの挑戦

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