重力が曲げるのは空間だけじゃない?量子エントロピーへの挑戦

今回の理論が示す最大のポイントは、「エントロピーが増える量」が、観測者がいる場所や動き方――つまり“どんなふうに時空の曲がりを感じるか”――によって変化しうるという点です。
これは、映画を順方向に見るか逆方向に見るかで雰囲気が変わるように、「時間の矢」自体も観測者によって見え方が変わるかもしれないという、従来の常識を覆す考え方だといえます。
たとえばブラックホール近傍のように重力場が極端に強く、そもそも「過去」と「未来」の区別があいまいになると言われる場所で同じフラクチュエーション定理を使ったらどうなるのか――想像するだけでも興味が尽きません。
理論的には、場所や動き方のわずかな差異が「エントロピー増大度合い」を変化させる可能性があるため、不可逆性の根本を考えるうえで非常に重要な示唆といえます。
もっとも、このアプローチはまだ発展途上で、ブラックホール以外にも「量子場の複雑な振る舞い」や「重力波が押し寄せる時空」など、数多くのシチュエーションで検証が必要です。
しかし「観測者によって不可逆性の意味合いが変わるかもしれない」という見通しは、「エントロピーはどこでも同じように増える」という一般的な前提を揺さぶります。
研究者たちは今回の研究成果について多世界解釈風に
「私たちがあなたのオフィスでシステムを使って、2人でエントロピーの測定を行ったとします。その後、あなたはそこに留まり、私は飛行機に乗って世界中を飛び回ってからあなたのオフィスに戻ります。そして、私たちは再び測定を行います。私の世界線はあなたの世界線とは異なるため、私たちは異なるものを見ることになります」
と述べています。
結局のところ、この研究は「量子の無秩序ですらも、誰がどのような経路(世界線)を通って観測するかによって違って見える」という新たな視点を提示しているのです。
熱力学や相対性理論、量子論などをつなげる有力な手がかりになりそうですし、時空が曲がっていると物理現象そのものの“見え方”がどれほど変わるのかを示してくれます。
今後、ブラックホールや宇宙初期のような極限領域だけでなく、実験室スケールでの検証も進めば、私たちが当たり前だと思っている「不可逆な世界観」に大きな一石を投じるかもしれません。