極低温猫の時代は終わった?量子の重ね合わせに潜む温度問題

量子力学の世界において、「シュレディンガーの猫」といえば、生きているとも死んでいるとも言えない不思議な両義的存在として有名です。
想像の中の箱を開けると、猫は同時に両方の状態にあるという――どう考えても常識に反する設定が、なぜか理論的には成り立ってしまうことが、私たちの直感を大きく揺さぶってきました。
ところが、実際の実験でこの“猫状態”を再現しようとすると、どうしても猛烈に冷却しなければならないのが従来の常識でした。
ほんのわずかの温度上昇やノイズがあるだけで、せっかくの量子干渉がかき消されてしまうからです。
たとえるなら、とても繊細な砂の芸術作品を、あらゆる振動や風から必死に守り続けるようなイメージでしょう。
しかしそもそも、シュレディンガーのオリジナルな発想の中での猫は“普通の動物”です。
体温があって、外界の揺らぎをもろに受ける、いわゆる生々しい“温かみ”を持つ存在として描かれています。
それにもかかわらず、これまでの実験が狙ってきたのは温度や雑音を極限まで下げた“冷たい猫”でした。
これは仕方のないことでもあります。
量子の干渉現象はちょっとした熱エネルギーや環境の乱れですぐに壊れてしまうというのが、長い間の定説だったからです。
あたかも冷凍庫の扉をうっかり開けっぱなしにするとアイスクリームがすぐ溶けてしまうように、ちょっとでも熱が入り込むと量子の面白さが台無しになる――誰もがそう信じていました。
ところが近年、わざわざ冷やしこまなくとも、熱や雑音を抱えたままでも量子力学特有の干渉を引き起こせるはずだという議論が、研究者の間で盛んに交わされるようになりました。
そこで今回の研究では、実験装置そのものは約30ミリケルビンという極低温に保ちながらも、外部から雑音を注入して見かけ上“熱い”シュレディンガーの猫を生成できるか調べることにしました。