「熱いシュレーディンガーの猫」生成プロジェクト

熱いシュレーディンガーの猫は作れるのか。
謎を解明すべく研究者のとった手段はかなり大胆でした。
ふつうなら、ちょっとでも雑音を減らすためにキャビティ(共振器)をとことん冷やしておきたいところを、あえてその“冷やし”を妨げる形で雑音を注入し、「温かい状態」から重ね合わせを生み出そうとしたのです。
方法はおおまかに、次のステップで説明できます。
まずマイクロ波共振器に熱っぽい(=雑音が多い)状態を用意します。
このままだと量子干渉なんてすぐ壊れてしまいそうですが、研究者たちはトランスモン量子ビットという特殊な素子をうまく使って、この“熱の入った”状態を左右に分けるような操作を行いました。
そして最後に、その2つの分かれた状態を重ね合わせるような仕組みを使うことで、猫が「生きていて、死んでいて、しかも熱い」という不思議な状態をつくり出したわけです。
結果、「本当に熱い状態でも、ちゃんと量子的干渉が起きている」という証拠がつかめました。
量子力学ではWigner関数という方法で状態を可視化できるのですが、熱雑音を抱えたはずの状態がはっきりと負の値(干渉パターン)を示したのです。
これは今まで「熱があると干渉は壊れる」と信じられてきた常識を大きく揺るがす発見と言えます。
もし本当に熱があっても重ね合わせを維持できるなら、実験装置を極低温にしなくてはいけない制約がある程度ゆるみます。
そのおかげで、もっと幅広いシステムでも量子効果を利用できるかもしれません。
もちろん、まだまだ課題は残ります。
熱雑音を取り除かない分、干渉を維持できる時間の長さや制御の精度など、より詳細な検証が必要になるでしょう。
それでも今回の結果は、量子の世界において「必ず冷却が必須」という一種の固定観念を揺さぶりました。
量子的な干渉現象が、実は私たちが考えていたよりも“たくましい”可能性を示唆しているのです。
今後は、他の物理系やさらなる高温領域でも同様の実験が行われることで、シュレディンガーの猫にまつわるパラドックスがいよいよ“熱を帯びた”まま表舞台に立ちそうです。