油と水は混ざらない? 混合の常識が覆る時

私たちの身の回りには、互いに溶け合わない液体同士を混ぜ合わせてつくる“乳濁液(エマルジョン)”があふれています。
たとえばサラダドレッシングは、油と酢という混ざりにくい液体を振り混ぜることで、一時的にまんべんなく混ざった状態を保っています。
マヨネーズや化粧品、さらには医薬品の製剤など、エマルジョンは「混ざらないものを混ぜる」ための知恵として昔から活用されてきました。
日常的な経験からも、放っておけばやがて分離してしまうことはよく知られていますが、その一方で、ちょっとした工夫が“分離しにくい液体”を生み出す鍵になるのです。
こうしたエマルジョンを作るうえで重要なのが「界面張力をどう扱うか」です。
油と水がはっきり分離するのは、両者が接する境界面に“張力”が存在し、お互いを混ざり合わないよう強力に引き離そうとするからです。
界面を弱める最も一般的な方法は界面活性剤や粒子を加えて、界面張力を下げることです。
たとえばドレッシングの場合は酢と油にマスタード粉末などを加えることで、混ざった状態を維持しやすくしていることが知られています。
(※粒子が界面を覆うことで、油と水が『一度混ざった(乳濁液化した)状態』を長く保つことができ、結果として“分離しにくい”状態になるのです。)
なぜ粒子を加えると安定化するのかというと、コロイド粒子が油と水の境界面にびっしり詰まって“城壁”のような物理的バリアをつくるためです。
本来、油の液滴同士が合体するには、それらを隔てる境界をいったん壊して大きな液滴へと融合しなくてはなりません。
しかし境界が粒子の層で覆われると、新たに面を広げたり粒子を押しのけたりするために多大なエネルギーが必要になります。
その結果、いくら振り混ぜても液滴どうしは簡単にくっつけず、見た目にはまるで城壁の内と外が厳重に守られているかのように、安定した状態を長く保ち続けるのです。
結果として無数の小さな粒子たちがバリアで守られた状態になり、巨視的な観点からは混ざって分離しにくい(安定化した)ように見えるのです。
以来、「粒子は界面張力を下げ、液滴を安定化させる」という図式がエマルジョンの“教科書的常識”になりました。
これにより、食品加工から化粧品の開発までさまざまな分野が恩恵を受けてきたのです。
そしてこの現象は熱力学の法則によって支配されていることから、ある意味で「粒子を加える=分離しにくくなる」は定式のように思われるようになりました。
ところが最近、磁性をもつ粒子――つまり“磁石”の性質を備えた微粒子――を界面に使うと、どうやら話はそう単純ではないらしい、という指摘が出てきました。
いわゆる「粒子同士がピタッと吸着する」という従来のイメージに加えて、磁性粒子特有の「相手との向きや距離によって引き合い方が変わる」という性質が、新たな界面現象をもたらす可能性があるのです。
実際、外部の磁場をかければ粒子を自在に動かせるため、エマルジョンや液滴の形をコントロールする技術は着目されていました。
しかし一般には、「粒子が吸着して界面を補強する=界面張力を下げる」という流れを覆すほどの劇的な変化は観測されていませんでした。
そこで今回研究者たちは、「強磁性粒子が油と水の界面に作るユニークなネットワーク構造が、従来のエマルジョン理論をくつがえすほどの界面張力の変化を引き起こし、壊しても形が元に戻るような液体を生み出すのかどうか」を徹底的に実験で確かめることにしました。
もしこれが達成できれば「粒子を加える=分離しにくくなる」という常識を打ち破ることが可能になります。