第4の貧困が忍び寄る:時間を食う社会のメカニズム

研究チームはまず、“忙しさ”という霧を晴らすための新しいレンズを用意しました。
それが7段階・6項目の日本語版 主観的時間貧困尺度(PTPS) です。
質問はどれもシンプル──「運動する時間がないとよく感じる」「好きなことをする時間がないとよく感じる」など、日常の “あるある” をそのまま聞く構成で、1つにつき数秒あれば回答できるほど手軽な作りです。
しかし侮るなかれ。
回答を合計すると6点(まったく時間に困っていない)から42点(深刻な時間不足)までのスコアが出て、これが“時間残高”をひと目で示すダッシュボードになります。
翻訳と逆翻訳を繰り返し、医療・看護・経済・データサイエンスの専門家が表現のニュアンスをミリ単位で調整した結果、項目間の一貫性を示すCronbachʼs αが0.90、McDonaldʼs ωが0.94という高水準を記録しました。
これは、6つの質問それぞれがブレなく測定できていることを意味し、まるで糊でしっかり貼り合わせたように安定した物差しだと確認できたわけです。
次に、この“レンズ”を現場に向けるため、横浜市在住の結婚・子育て世帯1万世帯に郵送とオンラインで同時にアンケートを実施し、1,979人から回答を回収しました。
サンプルの7割は30代、男女比はほぼ五分五分、働いている人が9割超。
まさに「家も職場も全力疾走」の世代がぎゅっと詰まったデータセットです。
スコア分布を覗いてみると平均は24.8点。
これは“やや時間不足”を意味しますが、問題はその内訳です。
グラフを重ね合わせると、睡眠が1日7時間を下回った瞬間にスコアが急上昇、余暇が3時間を切るとさらに跳ね上がり、まるで車のタコメーターが赤ゾーンに突入するようなカーブを描きました。
反対に、労働時間や通勤時間とはほぼ無関係という意外な結果も見えました。
つまり「長く働いているから時間貧困になる」のではなく、「貴重な裁量時間が削られている」ときに私たちは強い“時間赤字”を訴えるのです。
さらにスコアを、心と体の指標と組み合わせてみました。
するとこの主観的時間貧困尺度が1点高くなるごとに、主観的幸福感はストンと落ち(相関係数 r = −0.22)、心理的ストレスはじわりと上昇(r = 0.18)、孤独感はより強くなり(r = 0.30)、仕事への満足度も目減りしていくという“4連リンク”がほぼ直線で並びました。
研究者の比喩を借りれば、「忙しさで削られるのは時計の針ではなく、私たちの幸福感だった」というわけです。
最後に、育児というファクターも見逃せません。
子どもと向き合う時間が長い親ほどPTPSが高くなる傾向がはっきり現れました。
ケア労働が重なると、自分の裁量時間は真っ先に切り詰められる──家族を支える手は温かくても、その陰で“自分の時間口座”は冷え込むという、働く世帯ならではのリアルが浮き彫りになったのです。
まとめると、このPTPSは「6つの質問×1分未満の回答」で、睡眠・余暇・幸福感・孤立感・仕事満足度まで同時に透視できる“時間貧困のMRI撮影装置”のような働きを示しました。