なぜ“電子抜き”でも振動が暴走するのか?

炭素(カーボン)は、グラファイト(黒鉛)やダイヤモンド、グラフェンなどさまざまな同素体(異なる構造の形)を持ちますが、「カービン」と呼ばれる炭素鎖は特にユニークな存在です。
カービンは炭素原子が一直線に並んだ1次元の鎖状構造で、理論的には極めて強い引張強度(材料が引っぱられる強さ)を持ち、光を当てると非常に強く振動(ラマン散乱)する性質があると予測されていました。
しかし、その構造は非常に壊れやすく不安定なため、長いカービン鎖を単独で取り出すことは難しく、125年以上にわたって「幻の物質」とされてきました。
ところが2016年になって、炭素原子が約1 µm(1000分の1ミリ)もの長さで連なったカービン鎖をカーボンナノチューブの中に作り出すことに成功し、科学界に大きな驚きを与えました。
このようにカーボンナノチューブの中に封入されたカービンは、新しい炭素材料として「閉じ込められたカービン(confined carbyne)」とも呼ばれています。
しかし、カービンをナノチューブ内に生成した際、従来の理論では説明できない謎めいた振動の信号が観測されていました。
具体的には、ナノチューブにカービンが入ると、ラマン分光という手法で測定される振動スペクトル(振動の指紋)において、本来ナノチューブやカービン単独では現れないはずの新たなピーク(“肩”のような追加の山)が出現するのです。
これらの特徴的なピークは、カーボンナノチューブ側の振動において顕著に表れ、カービンを入れた試料でのみ確認されました。
一方、カービン側の振動モードについても、通常は観測されない低対称な振動まで現れる可能性が示唆されましたが、他の実験からそれは否定され、これらの新しい振動ピークがカービンの存在に起因することが裏付けられました。
つまり、ナノチューブと内部のカービン鎖が組み合わさることで一種のハイブリッドな構造が生まれ、単独の材料では現れない振動状態が出現していると考えられたのです。
しかし当時、この現象の詳しい仕組みは分かっておらず、研究者たちを長らく悩ませてきました。
通常、異なる材料を組み合わせると、新たな特徴は電子のやりとり(電荷移動や電荷分布の変化)によって説明されることが多いです。
例えば片方の材料からもう片方に電子が移動してドーピングが起きたり、電子状態が変化することで振動や光学特性に影響を与えるといったメカニズムです。
しかし今回のカービンの場合、ナノチューブと接しているにもかかわらず互いに電子を授受するわけではありません。
にもかかわらず現れる振動スペクトルの変化は、従来の常識では「ありえない不思議な現象」でした。
この謎を解き明かし、「チューブと鎖がどのように相互作用しているのか」を理解することが本研究の目的でした。
原子レベルで物質同士がどう影響し合うかを知ることは、新材料を設計する上で極めて重要です。
研究チームは、国際共同研究の体制でこの難問に取り組みました。