視床と感覚調整の謎が解けた!自閉症や意識の理解にも光

今回の研究によって、私たちの感覚が鋭敏になったり鈍感になったりと一定でないのは、脳内に存在する「感覚調整ダイヤル」のような仕組みが働いているからである可能性が示されました。
これまでの脳科学では、皮膚や目、耳などから受け取った感覚情報がそのまま脳に送られ、それを皮質が受け取って意識的な「感覚」になるという単純な考え方が一般的でした。
つまり脳の「視床」と呼ばれる部分は、あくまでも情報を次の皮質に中継するための受動的な「中継駅」でしかないと考えられてきたのです。
しかし今回の研究により、視床は単なる中継役ではなく、情報の通り道に「調整用のスイッチ」を備え、皮質ニューロンの反応の仕方を能動的に調整していることが明らかになりました。
この調整スイッチの働きによって、同じ刺激であってもある時には強くはっきりと感じられ、ある時にはほとんど感じられないほど弱くなるという、私たちの感覚の不思議な「揺らぎ」が生み出されていたのです。
これまで心理的な要素や注意力などが、この揺らぎを引き起こしていると説明されてきましたが、実はそれらは表面的な要因であり、根本的には視床と皮質の双方向的なフィードバック回路が感覚を細かく調整しているという、生物学的な理由が明らかになったのです。
特に面白いのは、視床から皮質へと送られるこのフィードバック信号が、ニューロンの細胞膜に存在する特別な受容体(mGluR1受容体)を介して、細胞の興奮性を大きく変えるという発見です。
通常、ニューロンが活性化するためには「AMPA受容体」や「NMDA受容体」といった、素早く反応して即座に細胞を興奮させる仕組みが中心的な役割を果たしています。
ところが視床(POm)からの信号はこれらの速効性の受容体ではなく、ゆっくり作用する代謝型グルタミン酸受容体(mGluR1)という特殊な受容体を介して、ニューロンの感度をゆっくりと、しかし劇的に高める作用を持つことがわかったのです。
具体的には、このmGluR1受容体の活性化によって「2孔性カリウム漏洩チャネル(K2Pチャネル)」という普段は開いている小さな穴が閉じられ、細胞が刺激を受けた時に普段よりも強く反応しやすくなることが判明しました。
この発見は、なぜ私たちが眠っている間やリラックスしているときには感覚が鈍くなり、逆に注意を払っている時や緊張している時には感覚が鋭敏になるのかという日常的な現象にも、生物学的な理由を与えてくれます。
すなわち、睡眠中や休息中には視床からのこのフィードバックが弱まり、「感覚のダイヤル」が低感度の設定に切り替わっている可能性があり、逆に注意力が高まっている場面では、このダイヤルが高感度モードに調整されるのです。
また、この仕組みは自閉症スペクトラム症(ASD)などの感覚処理に問題を抱える疾患の理解にも新たな光を当てています。
自閉症の人の中には、日常生活の中で普通の人が気にも留めないような刺激に非常に敏感に反応したり、逆に他の人がすぐに気づく刺激をなかなか認識できなかったりすることがあります。
この感覚の調節不全は、今回発見された視床と皮質の間のフィードバック回路の働きに何らかの問題が生じているためである可能性が高まりました。
この仕組みをさらに詳しく解明し制御することができれば、将来的にはASDのような感覚処理の問題を抱える人々のための、新しい治療法の開発にもつながるかもしれません。
さらに興味深いことに、この視床と皮質の間の調節システムは、意識の仕組みとも関係している可能性があります。
近年、一部の全身麻酔薬がまさに今回研究で注目された「2孔性カリウム漏洩チャネル」を開くことで、ニューロンの興奮性を極端に下げ、意識を失わせる働きがあることが示唆されています。
つまり、この感覚調整ダイヤルが「オフ」になることで、私たちの意識そのものが失われる可能性があるのです。
これは単に感覚の調節だけではなく、私たちがなぜ目覚めていて意識があるのかという根本的な疑問への重要な手がかりとなるでしょう。
私たちは日々さまざまな感覚に囲まれて暮らしていますが、脳はそれらの感覚をただ受け取るだけではなく、常に脳内の「調整ダイヤル」を回しながら柔軟に感覚を作り替えているのです。
今回の研究により、このような脳の巧妙な仕組みの一端が明らかになりましたが、視床がなぜ特定のニューロンだけを選び分け、特別な受容体を介して感覚を調整する仕組みを進化させたのかについては、まだ多くの謎が残されています。
今後の研究でこの謎が解き明かされれば、私たちが感じている現実そのものの秘密にも迫れるかもしれません。
2孔性カリウム漏洩チャネルにだけ効くようなアミノ酸があれば感覚の調整ができるかもしれない。面白い
枝分かれした特定の感覚を調整できるのか…。面白い!
気の持ちようというのは本当かもしれませんね。
「この確認は注意深く」「あれは大目に見よう」などと意識すれば意図的に感覚を調整できるのかな?