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Credit:川勝康弘
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感覚が敏感になったり鈍感になったりする仕組みを解明 (2/3)

2025.08.01 21:00:25 Friday

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脳の中にあった感覚の『ボリューム調整つまみ』

脳の中にあった感覚の『ボリューム調整つまみ』
脳の中にあった感覚の『ボリューム調整つまみ』 / Credit:wikipedia

では、視床は一体どのような方法で、皮質の感覚ニューロンの感度を調整しているのでしょうか。

論文で述べられている仕組みはかなり複雑なために、ざっくり解説版とじっくり解説版を作りました。

内容をサッと読みたい人はざっくり解説だけ読んで次ページに飛んでください。

ざっくり解説版

では、視床はどのようにして皮質のニューロンの感覚の強さを調節しているのでしょうか。

この疑問に答えるため、研究者たちはマウスを使って、視床と大脳皮質が感覚情報をどのようにやり取りしているのかを調べる実験を行いました。

マウスを用いたのは、人間の皮膚感覚に似た仕組みがマウスの「ヒゲの感覚」にも存在するからです。

研究チームはまず、視床から皮質へとつながる神経を、光を使って自由にオン・オフできる特別な方法で刺激しました。

そして、その刺激が皮質の中のニューロンにどのような影響を与えるかを詳しく観察しました。

その結果わかったのは、視床が皮質のニューロンに信号を送るとき、単純にニューロンを興奮させるのではなく、ニューロンが「刺激を感じやすくなる状態」に切り替わっていたということでした。

つまり、視床がニューロンに向かって、「次にくる感覚をしっかり感じ取りなさい」と伝えるような仕組みがあったのです。

この仕組みが働くと、ニューロンは普段よりも感覚刺激に敏感になります。

興味深いことに、この特別な仕組みはすべてのニューロンに起こるわけではなく、特定の種類のニューロンで主に起こっていることもわかりました。

視床は、このように特定のニューロンに対してだけ「感覚の感度を高める司令」を送り、それ以外のニューロンにはあまり働きかけないような選択を行っていました。

つまり、視床は皮質のニューロンに対して、「感覚を強く感じなさい」「弱く感じなさい」といった司令を送り、感覚の感じ方を微妙に調節する、いわば脳内の「感覚調整ダイヤル」のような役割を持っているのです。

じっくり解説版

人間にとっての皮膚感覚にあたるのは、マウスでは主に「ヒゲ」の感覚です。

マウスのヒゲは周囲の環境を調べるための大切な感覚器官であり、そのヒゲに触れた刺激は脳の「体性感覚野」という領域で処理されます。

この体性感覚野にいる「ピラミッド型ニューロン」という特別な神経細胞が、感覚情報を意識的に感じるための重要な役割を担っています。

ピラミッド型ニューロンは名前の通り、細胞がピラミッドのような形をしており、特徴的な2種類の枝を持っています。

細胞の上部からは「樹状突起」と呼ばれる長い枝が上に伸びていて、下部には「基底樹状突起」と呼ばれる短い枝が複数広がっています。

同じニューロンの中でも、上部の枝と下部の枝では、受け取る情報の種類や役割が違うことが知られています。

上部の枝(頂上樹状突起)は、遠くからやってくる広い範囲の情報を受け取るアンテナのような役割を持ちます。

一方、下部の枝(基底樹状突起)は近くの細かい情報を処理する役割を担っています。

つまり、一つのニューロンが受け取る情報が枝ごとに異なっているため、どの枝にどのような情報が届くかによって、そのニューロン全体の活動の仕方が変化するのです。

研究者たちが特に注目したのは、ニューロンの上側に伸びている頂上部の樹状突起でした。

なぜなら、この部分には視床の中でも特に「高次視床(POm)」と呼ばれる領域からの神経が多く繋がっていることが分かっていたからです。

これに対し、「一次視床(VPM)」という別の領域からの神経は、主にニューロンの下側にある基底樹状突起に繋がっています。

つまり、視床からの神経には、細胞を直接興奮させる一次経路と、細胞の感度を調整する高次経路という2種類の経路があるのです。

研究者たちは、この高次視床(POm)からの信号が、感覚の感じ方を調整するための「鍵」になっているのではないかと考えました。

この仮説が正しいかどうかを確かめるために、研究チームは特殊な方法を使って、実際に脳の中で起きていることを詳しく調べました。

まず、POmから伸びる神経細胞を人工的に活性化させるために、特殊なタンパク質(オプシン)を視床の神経に入れました。

このタンパク質は、光を当てると神経を自由にオン・オフできるスイッチのような役割を果たします。

そして、この神経を光で刺激しながら、ピラミッド型ニューロンの頂上部分の枝に流れる電気信号を、非常に細かく計測しました。

さらに、ニューロンがどのような受容体を通じて信号を受け取っているのかを確かめるために、薬を使ってさまざまな受容体の働きを一つずつ抑え、反応を観察しました。

また、こうした脳切片の実験だけでは本当に生きた脳でも同じことが起きているのか分からないため、生きたままのマウスの脳内を特殊なレーザー顕微鏡で観察する実験も行いました。

この方法では、マウスのヒゲを触ると、脳の中でニューロンがどのように反応しているかをリアルタイムで詳しく調べることができました。

こうして複数の実験から得られた結果をまとめると、POmからの信号は、直接ニューロンを活性化させるのではなく、「細胞が活性化しやすいような状態をつくる」働きを持っていることが明らかになったのです。

具体的には、POmから放出されるグルタミン酸という神経伝達物質が、通常の神経細胞のスイッチではなく、「mGluR1受容体」と呼ばれる特殊な受容体に結合していました。

一般的にグルタミン酸は細胞を即座に興奮させる受容体(AMPAやNMDA受容体)と結びついて作用しますが、このmGluR1受容体はそれらとは違って、ゆっくりと細胞の感度を調節するという特殊な役割を持っていました。

このmGluR1受容体が働くと、細胞膜にある「2孔性カリウム漏洩チャネル」という穴が閉じてしまうことが分かりました。

普段、このカリウムチャネルは細胞内のイオンを外に逃がすことで、細胞が興奮しすぎないように抑える役割をしています。

ところが、このチャネルが閉じられると、イオンが外に出られなくなり、細胞の中にエネルギーが溜まって、次の刺激がきたときに非常に興奮しやすい状態になるのです。

研究チームは、この特殊な現象を「樹状突起の長持続性脱分極(DSDP)」と名付けました。

つまりPOmは、このDSDPという特別な仕組みを使って、ニューロンの感覚に対する反応を一気に高めるのです。

また、この興味深い現象は、すべてのピラミッド型ニューロンで同じように起こるわけではなく、特に「BT細胞」と呼ばれるタイプのニューロンでよく起きることがわかりました。

逆に「ST細胞」と呼ばれる別のタイプのニューロンではほとんど起きませんでした。

しかも、この細胞のタイプによって、視床のどの経路から主に信号を受け取るかが違うことも判明しました。

こうして視床は、まるで「選ばれた細胞」に対してのみ特別な信号を送り、感覚を調整しているようなのです。

それにしても、なぜ視床(POm)はこのようにニューロンのタイプを細かく選んで信号を送る仕組みを持っているのでしょうか?

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