月経の奇跡を実験室で再現

今回の研究では、子宮内膜が再生する仕組みを詳しく観察するために、科学者たちはミニチュアの子宮のような人工培養臓器「オルガノイド」を使いました。
この「ミニチュア子宮」は、単に細胞を育てただけではなく、実際の人の体内で起きている月経の再生サイクルを試験管の中で繰り返し再現する仕組みになっています。
実験では、まず子宮内膜オルガノイドを女性ホルモンで成熟させたあと、ホルモンを急に取り除いて月経が始まる状態をつくりました。
すると実際の月経のように子宮内膜が崩壊していきます。
次に研究者たちは崩壊していく内膜をピペットで注意深く引きはがし細分化して新しい培養地の上にセットしました。
すると断片化した内膜の細胞たちは再び自分たちで集まって新しい内膜に相当する構造をつくり出しました。
この一連の手順を使うと、試験管の中で「成長→崩壊→再生」という月経サイクルを何度も繰り返して再現できることが示されました(IVMCモデル)。
つまり、この方法で「試験管の中で月経のメインとなる子宮内膜の崩壊と再生を何度も再現できる」ようになったのです(IVMCモデル)。
この実験は、生きた人間の体では絶対にできないことを可能にした画期的な方法だと研究者たちは述べています。
これまで子宮の再生過程は実際に観察することが難しかったため、今回のモデルによって、初めて子宮内膜が再生する最初の段階を詳しく観察できるようになりました。
このオルガノイドモデルの精度は高く、実際の人間の子宮内膜とよく似た遺伝子の活動パターンが確認されました。
つまり、試験管の中の細胞は、本物の人間の子宮内膜細胞とほぼ同じような遺伝子活動をしていたのです。
特に注目されたのが、細胞が時間と共に三段階の遺伝子活動パターンを示したことです。
最初は「傷ができた」とストレスに反応する遺伝子が働き始めます。
次に「傷を修復するぞ」という遺伝子が動き出し、再生準備を整えます。
そして約24時間が経つと、今度は細胞が積極的に増殖を始め、新しい組織を作り始めるのです。
研究チームは、この三段階の動きを、まるで戦場に次々と駆けつける救援隊のように例えて説明しています。
さらに、細胞がこのような再生の合図として特に重視している遺伝子が「WNT7A(ウィント・セブン・エー)」と呼ばれるものでした。
この遺伝子は子宮内膜の表面(ルミナル上皮)で働き、月経後の再生時に一時的に活発になります。
実験によって、オルガノイド内で細胞を砕いた後24時間後にWNT7Aの活動がピークになり、その後落ち着くことが分かりました。
また、この遺伝子をわざと働かないようにしたオルガノイドを作ると、何度か増やすだけでそれ以上は再生できなくなりました。
つまり、WNT7Aは子宮内膜が再生するために必要不可欠な「合図」を出す役割を持つシグナル分子であることが示唆されたのです。
そしてもう一つの重要な発見は、再生が「子宮内膜の表面の細胞」から始まる可能性があるということでした。
従来、再生は子宮内膜の奥にある「基底層」の幹細胞から起こると考えられていましたが、今回の実験では、表層の細胞(ルミナル上皮)が再生の初期に非常に重要な役割を果たしていることが示されました。
細胞を砕いた後、表面の細胞がまず増え始め、WNT7Aの活動を活発化し、再生が進みやすくなる環境を作っている様子が観察されたのです。
つまり、再生の中心人物だと信じられていた細胞ではなく、それまであまり注目されていなかった表面の細胞こそが、再生の主役として重要な働きをしている可能性があるのです。
これは子宮内膜再生のメカニズムを再検討するための新しい重要な発見だといえます。
さらに、この表面の細胞たちは周囲の血管や免疫細胞を動員するための合図も出していました。
特にIL-8(インターロイキン8)という物質を多く放出しており、このIL-8は免疫細胞を呼び寄せたり、新しい血管を作る働きをします。
実際にオルガノイドの中でも、細胞を砕いた後にIL-8が増えることが確認されました。
さらに、表面細胞自体もIL-8を受け取るための受容体を持っていたことから、細胞自身が出した再生の合図を自分自身も受け取り、細胞同士が協力し合いながら組織を再生している可能性が示されました。
今回の研究は、このように複雑で精巧な再生の仕組みを初めて実験室で再現し、そのメカニズムを詳しく観察できるようにしたことが大きな成果です。
この成果は、将来的に女性特有の病気の治療法や原因の解明にもつながる可能性があります。