誰も見たことがない「決定的瞬間」
この実験には、もう一つ有名な逸話があります。
それは滴が落ちる瞬間を、誰も直接目撃していないという点です。
パーネルの死後、1961年から実験の管理を引き継いだのが物理学者のジョン・メインストーンでした。
彼は半世紀以上にわたって実験を見守りましたが、生涯で滴が落ちる瞬間を見ることはありませんでした。
2000年には、雷雨による停電でライブ中継が途切れた隙に1滴が落ちるという不運にも見舞われています。
2014年4月に9滴目が落ちた際も、やはり決定的瞬間は記録されませんでした。
現在ではカメラによる常時監視が行われていますが、それでも「その瞬間」を捉えることの難しさは変わっていません。
現在の管理者は、クイーンズランド大学の物理学教授アンドリュー・ホワイトです。
彼は、記念すべき10滴目が落ちる日を待ち続けています。
予測では2020年代のどこかとされていますが、自然現象である以上、正確な時期は誰にも分かりません。
実験開始から約100年が経過しようとしている現在、落ちた滴はわずか9つです。
それでもピッチはまだ漏斗の中に残っており、実験は今後も何十年、あるいは100年以上続く可能性があります。
ピッチドロップ実験は、派手な成果や即時的な結論を生む研究ではありません。
しかし、「時間をかけなければ見えない真実がある」という科学の根本を、これほど分かりやすく示す実験も珍しいです。
人間の一生では捉えきれない現象を、世代を超えて引き継ぎながら観察する。その姿勢そのものが、科学の粘り強さを象徴しています。
次の一滴が落ちる瞬間を目撃するのは、もしかすると今この記事を読んでいる私たちの誰かなのかもしれません。

























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