記憶は「消す」か「残す」かの2択ではない
一見すると、報酬を再び得れば記憶は強化されそうに思えます。
しかし今回の研究結果は、その直感とは逆のものでした。
研究者たちは、この現象を記憶の価値が下がる過程として解釈しています。
すでに砂糖を得られる状況で、同じ環境の中で再び砂糖を経験すると、脳の受け取り方が変わったと考えられます。
脳は「あのにおいを追いかけなくても、ここでは砂糖が手に入る」と判断するようになります。
その結果、これまで重要だったにおいの記憶は、行動を決めるうえでの優先度が下がったと考えられます。
ただし、この効果はいつでも起きるわけではありませんでした。
ハエが砂糖を慣れた環境で再び経験した場合には、においへの反応は弱まりました。
一方で、見慣れない環境で砂糖を与えた場合や、砂糖と同時に新しいにおいを学習させた場合には、元の記憶は維持されました。
この結果は、脳が環境情報を手がかりに、今は記憶を更新すべき状況かどうかを判断していることを示しています。
さらに意外だったのは、この記憶の弱化が、少なくともよく知られた報酬ドーパミンの働きには依存していなかった点です。
報酬や学習といえばドーパミンが中心的な役割を果たすことで知られていますが、報酬を伝えるドーパミン神経の信号を止めても、この現象は起こりました。
このことは、脳内には学習を成立させる回路とは別に、学習済みの記憶へのアクセスを制御する仕組みが存在することを示唆しています。
本研究はショウジョウバエを用いた基礎研究ですが、恐怖記憶や依存症に関する哺乳類や人間の研究とも、理論的に共通する枠組みを持っています。
重要なのは、記憶を消すのではなく、影響力だけを弱める仕組みが脳に備わっていることを示した点です。
将来的には、有害な記憶の側面だけを抑え、必要な情報は残したままにする介入法の開発につながる可能性もあります。
記憶は消すか残すかの二択ではなく、脳は状況に応じてその重みを調整しているのです。
























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