画像
Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部
history archeology

所在不明だった「シェイクスピアの家」ーー正確な位置がついに判明

2026.04.17 06:30:29 Friday

「シェイクスピアは晩年、どこで過ごしていたのか?」

18世紀以来、研究者たちを悩ませてきたこの問いに、ついに一つの答えが提示されました。

英キングス・カレッジ・ロンドン(KCL)に所属するシェイクスピア研究者のルーシー・マンロー(Lucy Munro)教授は、これまで正確な場所が分からなかったシェイクスピアのロンドンの家について、新たに発見された文書をもとにその位置を特定したと報告しました。

この研究により、単なる「この付近」とされてきた曖昧な記録が、具体的な場所へと塗り替えられたのです。

さらに興味深いのは、この発見がシェイクスピアの晩年の過ごし方そのものにも見直しを迫る可能性を持っている点です。

稀代の劇作家シェイクスピアは晩年どこで、どのような生活を送っていたのでしょうか?

Shakespeare’s ‘missing’ London house mapped with new discovery https://phys.org/news/2026-04-shakespeare-london-house-discovery.html Shakespeare’s long-lost London home is finally found https://www.popsci.com/science/shakespeare-london-home-found/

消えたシェイクスピアの家ーー「この付近」という曖昧さ

シェイクスピアは1613年、ロンドンのブラックフライアーズ地区にある「ゲートハウス」と呼ばれる建物内の住居を購入していたことが知られています。

この地域は13世紀のドミニコ会修道院に由来する歴史ある場所で、当時の演劇活動の中心地の一つでもありました。

現在もロンドンのセント・アンドリューズ・ヒル5番地には、その購入を記念するプレートが設置されています。

そこには「1613年3月10日、シェイクスピアはこの付近に住居を購入した」と刻まれています。

しかし、この「この付近」という表現こそが問題でした。

シェイクスピアの孫エリザベス・ホール・ナッシュ・バーナードが1665年にこの物件を売却した後、翌1666年に発生したロンドン大火によって建物は焼失してしまいます。

ロンドン市内の約15%の住宅が失われたこの大災害により、物件の正確な位置を示す手がかりも失われてしまったのです。

その後、数世紀にわたって研究者たちは断片的な記録をもとに推測を重ねてきましたが、決定的な証拠は見つからず、「おおよその場所」しか分からない状態が続いていました。

ところが今回、マンロー教授がロンドン・アーカイブズおよびナショナル・アーカイブズから発見した3つの文書が、この状況を一変させます。

特に重要だったのが、1668年に作成されたブラックフライアーズ地区の図面でした。

これはロンドン大火の直後に描かれたもので、シェイクスピアの家の位置と大きさを具体的に示していたのです。

この図面によれば、建物の一部は門の上にまたがる構造で、基礎がなかったため図には描かれていませんが、残る部分は東西約45フィート(約14メートル)、南北は場所によって約13~15フィート(約4~4.5メートル)という規模でした。

内部構造は不明ながら、1645年までに2つの住居に分割されていたことから、当時としては十分に大きな建物だったと考えられます。

この発見により、これまで曖昧だった「この付近」は、具体的な街区として特定されることになりました。 

次ページ晩年のシェイクスピア像が変わる?ーーロンドンに残っていた可能性

<

1

2

>

人気記事ランキング

  • TODAY
  • WEEK
  • MONTH

Amazonお買い得品ランキング

スマホ用品

歴史・考古学のニュースhistory archeology news

もっと見る

役立つ科学情報

注目の科学ニュースpick up !!