細胞は「やりたくてやっている」わけではない

そもそも細胞は、なぜこんな危なっかしいことを、やってしまうのでしょうか。
結論から言えば、どうやら「やりたくてやっている」わけではなさそうです。
細胞どうしをつなぐナノチューブは、もともとミトコンドリアやタンパク質などを運ぶ通路として知られていた”いつもの連絡通路”でした。
今回の研究でも、ゲノムを不安定にしても、ナノチューブの本数そのものは増えないことが確かめられています。
傷ついた細胞が慌てて抜け道を増設している、という話でもないことも確かめられました。
つまり、壊れて行き場をなくしたDNAのかけらが、もとからあった通路にうっかり乗ってしまった──意図した行動というより、不測の事故に近いわけです。
ただし、事故だからといって影響が小さいとは限りません。
たとえば、がん細胞は設計図が壊れやすい、いわば”札つき”の細胞です。
もし腫瘍のなかでも、この受け渡しが起きているとしたら、がんを進める遺伝子や、薬を効きにくくする遺伝子が、まわりのまだ健康な細胞へ渡っている可能性があります。
放射線や一部の抗がん剤は、がん細胞のDNAを傷つけることで効果を発揮します。
もしそれらによるDNA損傷が、しまわれていたはずのDNAをこぼれ出させ、受け渡しを後押しする引き金になるのならば、治療が意図せず耐性の広がりを助けてしまうという皮肉なことも、起こり得るかもしれません。
論文においても研究者たちは、放射線治療・化学療法・抗有糸分裂薬(細胞分裂を邪魔する薬)といった“外側”からの刺激がDNAを傷つけ、それが受け渡しを後押しする可能性について言及しています。
もちろん、これは既存の治療法を否定するものではありません。
今回の実験は培養条件下のヒト細胞で行われたもので、私たちの体のなかで実際にどれほどの頻度で起き、病気にどこまで影響しているのかは現時点では不明だからです。
DNAが能動的に運ばれているのか受動的に流されているだけなのか、受け取った細胞がそれを”異物”として警戒するのかしないのかについても、答えは出ていません。
それでも、今回の研究は私たちの常識を大きく揺さぶるものであるのは、確かでしょう。
これまで生物学は、核のなかのDNAを「その細胞だけの私有財産」として扱ってきましたが今回の発見は、おとなりどうしで設計図をこっそり融通し合う”裏ルート”が、ヒトの細胞にも備わっていたことを示しているからです。
DNAの私有財産制は、思っていたほど鉄壁ではなかったのです。


























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