弦理論しか許されなかった

研究者たちがやったのは、簡単に言えば、条件を設置し数式を作らせていくことだけでした。
その結果、最初はさまざまな数式がうまれました。
しかし研究者たちがルールをもとに発生した数式を絞り込んでいくと、最後に残った答えは——弦理論の数式だけでした(※開いた弦・閉じた弦に対応する2種類の数式)。
これはただ単に弦理論が顔を出した、という話でだけでなく「ルールを守るなら、答えがこの形に絞られる」ということを示します。
かつては実験データを頼りに手探りで見つけた数式が、今度は簡単な4つのルールだけから、必然として立ち現れたわけです。
この結果を研究者たちは「ほぼ無からの弦(Strings from almost nothing)」という論文タイトルにして発表しました。
もっとも、「今回の研究=弦理論の完全証明」とまではいきません。
今回は理論研究であり、実験的な手段での証明とは毛色が異なるからです。
「これらの前提を認めるなら、答えは弦しかない」という点は確かですが、前提は崩れることもあります。
4つの前提のうちの2つ、確率を全部足せば100%になる(ユニタリ性)や物理法則は誰にとっても同じ(ローレンツ不変性)は物理法則の岩盤とも言える部分で、まず揺らぐ心配はありません。
しかし「ものすごく高いエネルギーでぶつけるほど、粒子どうしはかえってぶつかりにくくなり、すり抜けていく(超軟性)」や「よけいな飾りのない”いちばんシンプルな形”を選ぶ(最小ゼロ点)」は、最初の2つほど確立しているとは、まだ言い切れないのです。
それでも、「ごく少数の素朴な前提から、壮大な理論がまるごと導かれる」というのは、物理学の王道です。
実際、アインシュタインは、「物理法則は誰にとっても同じ」「光の速さは一定」というたった2つの素朴な設定から特殊相対性理論を築き、その帰結として「質量とエネルギーは同じ(E=mc²)」という関係を導き出した実績があります。
さらに今回の研究は弦理論そのものの進歩にもつながります。
一つは、「弦理論を弦理論たらしめている正体」が、はっきり見えたこと。
どの前提を認めた瞬間に、答えが弦に絞られるのかこれまで漠然としていた”弦らしさ”の急所が、くっきりと浮かび上がりました。
もう一つは、もし弦理論が間違っていたとしたら、いったいどの前提を外せば、別の理論にたどり着けるのか——その手がかりまで得られました。
弦理論家、カリフォルニア工科大学の大栗博司氏も、「もし弦理論が正しくないとして、別のモデルを探すなら、どの基本的な仮定を外せばいいのか——その問いが立てられるようになった」と、研究の意義を語っています。
実際、置いた条件をひとつ緩めてみると、弦とは少しちがう”いとこ”のような理論が顔を出すことも分かっています。
つまり今回の研究は、「弦理論が唯一の答えになる道筋」を示すと同時に、「弦理論を抜け出して、新しい理論を探すための道筋」でもあるのです。
人類は、銀河ほどの大きさの装置を、おそらく永遠に手にできません。
それでも私たちは、紙とえんぴつと、ほんの少しのルールだけを頼りに、「この宇宙は、本当はどんな姿であり得たのか」という問いに手を伸ばすことができたのです。

























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