欧州人の「虫嫌い」、ただの文化ではなく9000年の進化史に隠れていた
欧州人の「虫嫌い」、ただの文化ではなく9000年の進化史に隠れていた / Credit:Canva
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欧州人の「虫嫌い」、ただの文化ではなく9000年の進化史に隠れていた (2/2)

2026.06.10 23:00:14 Wednesday

前ページあなたの「虫嫌い」は本当に"文化のせい"なのか?

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赤道から離れるほど「虫を消化する力」が弱まっていた

赤道から離れるほど「虫を消化する力」が弱まっていた
赤道から離れるほど「虫を消化する力」が弱まっていた / 横軸は「北緯8度からの距離」、縦軸は「ある特定の遺伝子変異の出現頻度」。赤道に近い集団(CHB=中国漢民族、JPT=日本人など)と、赤道から離れたヨーロッパ系集団(CEU、GBR、FIN)が、綺麗な右肩下がりまたは右肩上がりの線上に並びます。Credit: Piñero & Librado (2026) / Science Advances

次に研究チームは、虫を消化する力を遺伝子のレベルから調べることにしました。

虫の体を覆う硬い殻は「キチン」という物質のせいです。

エビやカニの殻にも含まれているこの物質は、セルロースに次いで自然界で2番目に多い生体高分子で、消化するのが非常に難しいという特徴があります。

ただ絶対に無理というわけではありません。

ヒトの胃にも、このキチンを分解するための2つの酵素があります

この2つがしっかり働けば、虫の殻を分解しやすくなります。

研究チームは世界26の集団(合計約2400人)のゲノム(全遺伝情報)を解析し、この2つの酵素の遺伝子に注目しました。

結果「熱帯(赤道付近)に近い集団ほど酵素がよく働く遺伝子の型を持ち、赤道から離れるほど酵素の働きが弱い型を持っている」という、はっきりとした南北のグラデーションが浮かび上がったのです。

ヒトの遺伝子には、世界中どこに住んでいる人でもほとんど形が変わらないものがたくさんあります。

たとえば心臓を動かすための遺伝子や、酸素を運ぶ血液の遺伝子など、生きていくのに欠かせない設計図は、緯度が変わっても基本的に同じ形を保ったままです。

逆に、住む場所によってはっきり形が変わる遺伝子もあります。代表的なのは肌の色を決める遺伝子です。

赤道に近いほど紫外線が強く、肌を黒くするメラニンを多く作る型が有利になるため、緯度と肌の色には強い相関があります。

今回、研究チームは約1200万カ所の遺伝子変異を、この「緯度でどれだけ差が出るか」のランキングに並べました。

すると、虫の殻を消化する2つの酵素の遺伝子は、いずれも信じがたい順位に食い込んでいたのです。

酸性キチナーゼは上位約0.5%、キトビアーゼに至っては上位約0.04%——つまり1万個の遺伝子変異を並べたとき、片方は上から50番以内、もう片方はわずか4番以内に入る鮮明さです。

虫の体を消化する能力が、ヒトという種が地球上に広がっていく中で、肌の色に匹敵するほど強く選別されてきた——その事実が、ゲノムの数字として残されていたのです。

論文著者のマヌエル・ピニェロ氏は昆虫はタンパク質が豊富ですが、体が小さいため、カロリーを補うには大量に食べなければなりません。熱帯地域ではシロアリやアリなどの社会性昆虫が豊富に生息しており、その量と多様性によって年間を通じ持続的に利用できます。さらに害虫駆除にもなるのです」と述べています。

つまり熱帯では大量の昆虫が手に入るため、「虫の殻を消化する力」が生存に有利に働き、遺伝的に保持されてきた。

一方、高緯度に移動した人々は虫が乏しい環境に入ったことで、その力を維持するメリットがなくなり、進化の過程でじわじわと”手放されていった”と考えられます。

問題は、この傾斜がいつから存在していたのか、です。

答えを出すためには、農耕の影響を受けにくい集団――つまり農耕が広まった後も採集生活を続けていた人々を調べることにしました(その中には日本の縄文人も含まれていました)。

すると農耕社会に移行していなかった古代人ですら、すでに「虫を消化しにくい型」の遺伝子を高い割合で保持していたことがわかりました。

つまり「虫を消化しにくい体質」は農耕が生んだ変化ではなく、農耕よりもさらに古い時代から存在していたことになります。

一方、ネアンデルタール人と、シベリアのデニソワ洞窟で発見された古代人類であるデニソワ人は、逆に「虫の消化を促進する型」の遺伝子を持っていました。

まとめると以下の2点が浮かび上がります。

1つ目の歯石の分析は「先史時代の欧州人は虫をほとんど食べていなかった」ことです。

2つ目の遺伝子解析は「欧州系の人々では、虫の殻を消化する遺伝子の働きが弱まる方向に変化していた」ことです。

高緯度に移れば虫が減り、虫が減れば食べなくなり、食べなくなれば消化力は不要になって進化的に手放される――その過程がヨーロッパ人の遺伝子に刻まれていたのです。

そして研究者たちは、キチンを消化する力が低めだったことが、昆虫食への抵抗を強めた可能性もあると考えています。

論文でも「ヨーロッパ系の祖先を持つ集団では、キチン消化能の低さが、先史時代の昆虫摂取を妨げた可能性があり、文化的・宗教的動機を超えて嫌悪を強める方向に寄与した可能性がある」と述べています。

もしそうなら中世以降の宗教的タブーが強まるより前に、すでに生態と遺伝がその土台を敷いていたことになります。

もちろん、「文化は無関係だった」という意味ではありません。

ですが新たな研究は、虫嫌いの正体は「文化か、進化か」の二者択一のような単純なものではなく、進化と文化が幾重にも積み重なった、深い地層のような構造をしている可能性を示しています。

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