利き手の器用さは、課題ごとに蓄積された「経験の履歴」
今回の結果は、「どちらの手を好むか」と「その手が器用であること」を分けて考える必要があると示しています。
研究チームは、手の選好には遺伝や神経発達などの生物学的要因が関係する可能性を認めています。
一方で、選ばれた側が文字や道具操作で優れた技能を示すようになるのは、その手で何年も練習を重ねた結果だと考えています。
興味深いのは、非利き手や肘で書いた「A」は形が崩れていても、それがAを描こうとしたものだとは分かる点です。
これは、脳が「Aとはどのような形か」という抽象的な情報を持っていても、その形を特定の手や肘で正確に実現する方法は、身体部位ごとに練習しなければ身につかないことを示唆します。
つまり、私たちは「どの形を描くか」は知っていても、使い慣れていない身体部位では、その軌道をどう再現すればよいのかを十分に学習していないのです。
この考え方によれば、利き手には一つの万能な器用さが備わっているのではありません。
文字を書く、箸を使う、ボールを投げるといった課題ごとの運動制御方法が、利き手側に少しずつ蓄積されていることになります。
ただし、今回の研究にも限界があります。
参加者は右利きの若年成人に限られ、各実験の人数も10~23人程度でした。
また、検証された課題も、腕伸ばし、棒の操作、「A」と「8」の書字に限られています。
指を一本ずつ動かす能力や、物体を安定して保持する能力など、利き手に関するすべての左右差を説明したわけではありません。
それでも今回の結果は、私たちが「利き手だから器用」と呼んでいる能力の少なくとも一部が、生まれつき備わった万能な才能ではなく、同じ側で繰り返してきた経験によって作られる可能性を示しています。
利き手の器用さとは、選ばれた手に積み重なった、長年の練習の記録なのかもしれません。






























