最初の生命は「自前の代謝」をまだ完成させていなかった?
生命の起源を考えるとき、研究者たちを長く悩ませてきた問題の1つが、「最初の代謝はどうやって始まったのか」というものです。
私たちの細胞が生きていくには、細胞の設計図となるDNA、細胞そのものを作るための材料、そして生命活動を動かすためのエネルギーが必要です。
生物は、周囲から取り込んだ物質をさまざまな化学反応によって作り変え、こうした材料やエネルギーを生み出しています。この一連の仕組みを「代謝」といいます。
しかし、ここには生命の起源を考える上で大きな問題があります。
現在の生物では、代謝を構成する化学反応の多くを「酵素」という触媒が助けていますが、その酵素を作るために必要なアミノ酸やエネルギーは、代謝によって供給されているのです。
つまり生命の始まりには、「代謝を進めるための酵素が必要なのに、その酵素を作るためには代謝が必要になる」という、鶏と卵のような問題があるのです。
研究チームが今回注目したのは、この問題がLUCAの時代まで残っていた可能性です。
LUCA(Last Universal Common Ancestor:最終普遍共通祖先)とは、現在のすべての細胞生物の系統を過去へ辿ったたときに行き着く、最後の共通祖先にあたる存在です。
ただし、その具体的な姿は分かっておらず、現在の生物のように独立して生きる1つの個体だったと決めつけることもできません。
ここではLUCAに明確な姿を与えてイメージするより、非常に原始的な、細胞生物の全段階に当たる存在だと考えておくのが適当でしょう。
そしてLUCAからその後の進化をたどると、系統はやがて現在まで続く「細菌」と「古細菌」という2つの大きなグループへと分かれていきます。
研究者たちは、552種の細菌と401種の古細菌のゲノムを調べ、アミノ酸や核酸塩基、補酵素などを作る中核的な代謝反応に関わるタンパク質を比較しました。
古い時代に共通祖先から受け継がれたタンパク質は、長い進化の間にアミノ酸配列が大きく変わっている場合があります。
そのため今回は配列だけでなく、より長く特徴が残りやすいタンパク質の立体構造も比較し、酵素同士の進化的なつながりを調べました。
そして研究チームは、こうして系統上の由来を調べた中核代謝酵素群のうち、計330群について、それがLUCAの時代から存在していたのか、それとも細菌と古細菌が分かれた後に加わったのかを分類しました。
その結果、166群は細菌と古細菌の両方に広く共通しており、両者の共通祖先であるLUCAの時代から受け継がれてきたものと推定されたのです。
ここからわかった興味深い点が、DNAの合成系はLUCAに比較的そろっていたにも関わらず、アミノ酸や補酵素を作る仕組みは不足していた可能性があることです。
さらに、同じ化学反応なのに、細菌と古細菌で立体構造が大きく異なる酵素も5例見つかりました。
これらの結果は、両者がLUCAから同じ酵素をそのまま受け継いだのではなく、同じ仕事をする酵素をそれぞれ独立して獲得した可能性があることを意味します。
では、それらの酵素がまだ存在しなかった時代に、必要な化学反応はどうやって進んでいたのでしょうか。
研究チームが候補として考えているのが、海底の熱水環境に存在する鉄やニッケルなどの金属です。
今回調べた反応のうち37反応は、熱水環境に近い条件のもと、金属などを使って酵素なしでも同じ反応が進むことがすでに確認されています。
つまり初期の生命は、自分で作った酵素だけで生きていたのではなく、周囲の環境を利用して代謝を成立させ、そこから少しずつ環境への依存を減らし、自力で代謝出来るように進化していったと考えられるのです。
今回の興味深い点は、その進化がLUCAの段階では起きておらず、完全に自力の代謝が出来るようになったのは細菌・古細菌に分かれた後である可能性が示されたことです。
「生命は2度誕生した」と研究者が語る理由
では、共通祖先であるLUCAが存在したのに、なぜ研究者は「生命の起源は2回だった」と表現したのでしょうか。
その意味を理解する鍵は、生命が地球環境からどのように「自立」していったのかにあります。
論文によると、LUCAにはすでに遺伝暗号やリボソームが存在し、タンパク質を作る仕組みも働いていたと考えられます。
つまりLUCAは、単なる化学物質の集まりではなく、きちんと生命体の原型となる状態にあったのです。
一方で研究チームの復元では、LUCAの代謝酵素はまだすべてそろっておらず、一部の反応では周囲の環境が触媒の役割を担っていた可能性があります。
論文では、ここから代謝を自力で行える仕組みへ移行したことで、生命は地殻の固体触媒への依存から解放されたと解釈しています。
そして重要なのは、この「環境からの自立」がLUCAで完成したのではなく、細菌と古細菌へ分かれた後に完成した推定されることです。
研究責任者のウィリアム・F・マーティンは、大学のプレスリリースの中で「自由生活できる細胞だけを生命と呼ぶ」という立場を示しています。
この定義を採用するなら、共通の遺伝暗号やリボソームはLUCAですでに一度成立していたものの、周囲の金属に頼らず自力で代謝を回せる細胞への移行は、細菌と古細菌の系統でそれぞれ起きたことになります。
そのため、マーティンは「遺伝暗号の起源は1回だが、生命の起源は2回だった」という表現をしています。
注意しなければならないのは、この「2度の生命起源」とは、無生物からまったく別々の生命が2回発生したという話ではない点です。
これは自立代謝できないLUCAを完全な生命とは見なさず、細菌と古細菌からが生命の誕生と見なすならばという条件付きの考え方です。
なので、地球上でさえ2回の生命発生が起きているなら、宇宙から生命がやって来たというパンスへルミア説は間違いなんじゃないか、他の惑星でも生命は高い確率で発生しやすいのではないか、というような推測へ繋げるのは適切ではありません。
もちろん、この進化史が確定したわけではありません。
今回のLUCAの復元は、現在の生物に残っている遺伝子の分布から過去を推定したものであり、LUCAに存在した遺伝子が後に失われたり、別の酵素へ置き換えられたりした可能性を完全には排除できません。
また古細菌には機能が分かっていない代謝酵素がまだ多く、細菌より調査されたゲノムも少ないため、細菌側で新しい酵素が多く生まれたように見える偏りもあり得ると著者らは指摘しています。
それでも今回の研究は、「生命はどこかの瞬間に完成品として出現したのか」という問いに、新しい見方を与えています。
生命の成立とは1本の境界線を越える出来事ではなく、地球が自然の中で行っていた化学反応を少しずつ細胞の内部へ取り込み、最終的に環境から自立していく長い過程だったのかもしれません。
そしてその最後の自立が細菌と古細菌で別々に起きたのだとすれば、「生命の起源は2回あった」という、興味深い考え方もできるかもしれないのです。





















生命の起源であるlucaの後の分岐をそう言っているのなら、驚きではないな
素晴らしい記事ですね。
※※
『細胞生物の全段階に当たる存在だと考えておくのが適当でしょう』
→”前段階”の誤字では?
自らの生育環境を、それとはかけ離れた場所に持ち出す。
それはバイオフィルムや家、宇宙服にも通じる命の方向なんだろうな。
記事のタイトルは、「現在に連なる」という限定詞を「生命」の前につけるべきと考えます
頭の中で夢想を広げるなら、
環境に「酸化還元電位の勾配」「溶存物質やイオンの濃度勾配」湧水と海水の混合、粘土鉱物の表面など、酵素を使わなくとも化学エネルギーを取り出せる環境は、太古といえどもパッチ上に分布していたはずです。
いろんな孤立系で、遊泳能力をもたない粒子が、ダーウィン淘汰的に進化していたとしても、そうそう長続きする適環境はないので、今に至る系譜が現れたということが奇跡に見えます。
古細菌と細菌が分かれた時代において、寄生に対する生体防御という仕組みが生じてなければ、「自己」というものはないので、なんでもありのように見えます