意識と免疫をつなぐ回路

炎症に影響する感覚以外のものとは何か?
皮膚とは別の経路があるとすれば、体のどこかにその痕跡が残っているはずです。
そこで研究チームは実験中に測定していた参加者の心拍数、皮膚の温度、皮膚の電気の流れやすさを記録し続け、あわせて不安の強さも本人に尋ねたデータと比較を行いました。
ところが、これらの値には条件による違いがまったく見つかりませんでした。
腕に注意を向けていた参加者は、動画に見入っていたときと同じくらい落ち着いていたのです。
ただひとつだけ、はっきりと違っていた値があります。心拍のゆらぎ(心拍変動)です。
心臓は規則正しく打っているようでいて、1拍ごとの間隔はごくわずかに揺れています。
この揺れの大きさは、体をなだめる側の神経、なかでも迷走神経がどれくらい働いているかをうかがう手がかりとして使われてきました。
そして迷走神経は、炎症を鎮める方向に作用することが知られている神経です。
腕へ注意を向けているとき、参加者の心拍のゆらぎは大きくなっていました。
体をなだめる側の神経が、より活発に働いていたことをうかがわせる変化です。
しかも、このゆらぎの差は、麻酔で皮膚の感覚を弱めた状態でもそのまま残っていました。
皮膚からの報告が細っても、なだめる側の神経が働いているサインは灯りつづけていたのです。
ここまでの結果を並べると、注意が炎症へ届く道が2本、浮かび上がってきます。
1本は、炎症を起こしている場所から脳へ届く感覚の信号を使う道で、もう1本は注意を向けるという脳の働きが、自律神経を通って体へ降りていく道です。
前者は感覚を鈍らせれば弱まり、後者は鈍らせても残ります。
麻酔をしても効果が半分残ったのは、この2本目が生きていたからだと考えると、うまく辻褄が合います。
もっとも今回の研究は、全ての炎症部分に意識を向ければいいと示したものではありません。
調べられたのも、健康な人の皮膚に人工的に起こした小さな炎症にすぎず、感染症や慢性の炎症で同じことが起きるかは分かっていません。
そもそも炎症は体を守るために立ち上がる反応であり、小さければいつでも良いというものでもないのです。
それでも、この研究が開けた穴は小さくありません。
これまで注意は、世界の感じ方を変えるものとして理解されてきました。
痛みから気をそらせば痛みは和らぎ、かゆみを気にすればもっとかゆくなるというのは、あくまで「感じ方」であって、体の側で進んでいることは意思の届かない自動処理だと考えられてきたのです。
しかし今回の研究では、そこに意思の力が明確に影響することを示しており、何に注意を向けるかによって、体からの信号の感じ方だけでなく、その信号を発している体の反応そのものが変わっていたのです。
しかもそれは、暗示をかけたわけでも、炎症を抑える薬を使ったわけでも、長い訓練を積んだわけでもなく、ただ意識の向きを変えるという、その場でできる操作だけで起きています。
そのため研究チームは、ここからひとつの可能性を指摘しています。
不快な感覚から目をそらすことは、私たちの日常の知恵であり、医療の現場でも痛みを和らげるために使われている技術ですが、その対処は、場面によっては生理的な代償をともなうかもしれない、というのです。
「自分の体に耳を傾ける」という言い回しは、長いあいだ比喩として使われてきました。
その比喩の奥に、脳と免疫をつなぐ実際の回路が隠れているのかもしれません。
































